昼休みが終わったあと、下忍達はそれぞれの班の集合場所に集まって、上忍の先生が到着するのを待った。ゆすらはこの時、初めてチームメンバーの顔を知った。二人ともアカデミーで見かけた覚えがあったが、話したことは一度もなかった。火柱灼は赤銅色の髪の毛と、狼のような黄色い目を持った、きつい印象のある男の子だった。一方、矢野カズヒは物静かなイメージの男の子で、メガネをかけて姿勢正しく椅子に座り、文庫本を読んでいる。
「あ、あの…よろしく…」
 ゆすらはおっかなびっくり声をかけた。二人ともゆすらの方は見向きもせず、せっかく言った「よろしく」も行き場を失って虚しく消えてしまった。
 顔合わせしてたった5分で、ゆすらはチームメンバーとのぎくしゃくを感じ始めた。灼もカズヒも、ゆすらが教室に入ってきてから一度も口を開かない。あまりにも気まずいので、ゆすらは何度もお天気について話そうとしたが、二人とも露骨に「話しかけるな」オーラを放出していたので、自粛せざるをえなかった。息苦しい沈黙の中、時計が無意味に時を刻む音と、時折カズヒがページをめくる音だけがいやに響いて聞こえた。
 しばらくして、教室のドアがガラッと開いた。
(来た!!)
 三人は弾かれたように立ち上がった。開いたドアから、背の高い男の人が入ってきた。木ノ葉の額当てに忍ベスト。上忍の先生に間違いない。薄茶色の髪をした男はひょろりと細く頼りなさそうな体格をしている。不自然なくらい真っ黒い瞳は、ひとたび見入ると吸い込まれてしまいそうだと思った。
「あー、ここ9班?」
 上忍は教室の床を指差して訊ねた。
「はい!」
 ゆすらが急いで頷くと、上忍はへらりと笑顔を見せた。
「よかった〜。さっき間違えて10班の教室入っちゃってさ。あー恥ずかし…」
(……だ、大丈夫かなぁ…?)
 ゆすらは不安になったが、かろうじてというところで愛想笑いを取り繕った。
「じゃ、とりあえずついてきて」
 上忍がちょいちょいと手招きした。灼とカズヒが無言で立ち上がり、上忍に連れ立って教室を出て行った。ゆすらは椅子に置いていた荷物を肩にかけ、慌てて後を追いかけた。
***
 三人はアカデミーの屋上に連れ出された。爽やかな風が吹き込んできて心地よい。上忍はすっかり高くなった昼の光に目を細めながら、柵に軽く腰かけた。
「どーぞどーぞ。座って座って」
 促されるまま、三人は上忍と向かい合う形で、石段にちょこんとしゃがみ込んだ。
「まずは自己紹介といこうか」
「自己紹介ィ?」
 灼が初めて言葉を発した。声変わりをとっくに済ませた、低い、男の子らしい声だった。
「そ。自己紹介。ホラ、名前とか好きなものとか趣味とか…あるでしょ?」
「……灼。肉。昼寝。以上」
「「「………」」」
 一方的に言うだけ言って、灼は地面に寝そべった。
(何この子…態度悪〜い!)
 目をつぶった灼の整った顔を見て、ゆすらは気が重くなった。これから何年もこんな奴と一緒だなんて…。
「………(ん〜…こりゃめんどくさいのが入ったな…)」
 上忍は人差し指で頬をぽりぽり掻きながら溜め息をついた。
「矢野カズヒ」と、今度はカズヒがしゃべり出した。「好きなものは野菜。趣味は読書と数独。よろしく」
 全然「よろしく」してくれそうにない挨拶だった。話し終えたと思ったらもう読書に戻っている。上忍がまた溜め息を洩らした。
「あのね…(この班、やる気のある奴いないのか?)」
 ここは自分がしっかりして引き締めないと!ゆすらはぐっと唇を噛み締め、空高く挙手した。
「はい!野咲ゆすらです」
 子供らしい元気たっぷりな声に、上忍が「お」と呟いた。つかみはバッチリ。今のところ、この班の中で一番印象がいいのは自分に違いない。
「好きなものは『甘栗甘』の栗ようかん。趣味はウィンドーショッピングです。里の外れにある『野咲屋』っていう忍具店で、時々店番やってます。あっ、そうだ!忍具の手入れとか得意なんで〜、いつでも私に言ってください。あんまりたくさん押し付けられると困っちゃいますけど。それから——」
「うるせーな…聞かれてもねーことペラペラしゃべってんじゃねーよ。興味ないっつの」
 灼がごろんと寝返りを打ってゆすらに背中を向けた。ゆすらは一瞬、何と言われたか分からなかった。
「え…」
「まーまー。オレが思い描いてたのこういう感じだから…」
 上忍が苦笑しながらなだめた。灼の後ろ頭から舌打ちが聞こえた。
「じゃ、次はオレね。オレは——柳崎イツキ。好きなものは明るい場所で、嫌いなものは暗い場所。趣味は映画鑑賞かなァ…?あ、任務終わりにみんなで集まったり酒飲んだりすんのもイイよねェ…って、お前らまだ未成年だから分かんないか……うまいもんだぞ〜、開放感と一緒にあおるビールは!」
 なんだか普通のサラリーマンみたいだ。上忍といったら忍のスペシャリストだ。もっとミステリアスでキリッとした人物像を思い描いていたゆすらは、案外普通のイツキに、勝手にがっかりしてしまった。
「——と、まーだいたいこんな感じかな…何か質問したい奴いるか?」
 イツキが問いかけると、微妙な空気が漂った。
「えーっ…ゼロ?普通あるでしょーよなんかしら。『彼女いますか?』とか『好きな女の子のタイプは?』とか…」
「はーい」
 ゆすらは自分の左手から声が上がったのでびっくりした。なんと、灼が体を起こして挙手していたのだ。
「お、じゃ〜灼君!」
 イツキの両目が嬉しそうに弧を描いた。灼はやる気のなさそうな顔で質問を投げかける。
「なんでそんなにウザいんですかー」
 聞き間違いかと思ったが、そうではないらしい。ゆすらは正面からピキッと何かの弾ける音を聞いた。恐る恐る顔を向け直すと、イツキの目は笑顔のまま凍りつき、口元がヒクヒクと引きつっていた。
(ヒィ!おおおおお怒ってる…!)
 イツキの背後でズゴゴゴ…と禍々しい何かが渦を巻いている。しかし灼は特に悪びれた様子もなく、ニヤニヤするばかりだ。カズヒにいたっては一連のできごとにまるで興味を示さず、本を読み続けている。もうヤダ、何なのこの班…!空気を読むとかしないんだろうか。
 ——ゴクリ。
 あわや噴火すると思ったところで、イツキの喉元が派手な音を立てた。
「今のは聞かなかったことにする」
飲み込んだー!!
「ほかに質問は?オレにじゃなくてもいいよ」
 さっきの今で言葉を発する気になれず、ゆすらは黙りこくって時間が過ぎるのを待った。灼もなかなか挑発に乗ってこない上忍に飽きたようで、結局、手を挙げるものは誰もいなかった。
「よし!じゃ」
 イツキは膝をぺちんと叩いて区切りをつけた。
「今日やることは以上だ。明日からはさっそくこのチームで活動開始する。ただし、だ——あ、これ回して」
 イツキはごそごそリュックを漁り、プリントを三枚取り出してゆすらに手渡した。ゆすらはプリントを両隣の男の子達に配った。二人とも礼を言うどころか、さっさとよこせと言わんばかりにゆすらの手からプリントをもぎ取った。
(……こいつら…)
「最初から任務をやるワケじゃない…明日は演習やるぞ」
「演習…?」カズヒが首を傾げた。「演習って何の?」
「お前らは学校アカデミーの卒業試験をパスしてここに来たワケだが……何もあんな生温いテスト一つで下忍になれるほどオレ達の世界は甘くない。明日やる演習はいわば下忍になるためのテスト…今年度の卒業生30名中、下忍と認められる者はわずか12名だ!下忍にふさわしくないと判断された不合格者18名は、額当てを没収し学校アカデミーへ送り返す……脱落率66%以上の、いわば『サバイバル演習』だ!」
「「「 !!! 」」」
 三人とも言葉を失った。
 そんな話聞いてない!——ゆすらは頭を抱えた。一体昨日のホールケーキは何だったんだ…。
「…な〜んつって、ちょっとビビらしてみたけど、」イツキが人の良さそうな笑顔を浮かべた。「12名って半分弱だからな。もっとポジティブに『こんだけ枠が広けりゃ入れる!』——そう思えるくらいの自信を持て。そうじゃないとこっから先やっていけないぞ」
 ゆすらはゴクリと唾を呑み込んだ。そうだ、きっと入れる!失敗して両親をがっかりさせるわけにはいかない。
「よーし、いい感じに引き締まったな」
 イツキは三人の顔を見回してニッコリした。
「明日は各自忍び道具一式持って、プリントに書いてある通り演習場に集合だ。しっかり準備してこいよ」
***
 サバイバル演習って、どんなことをやらされるんだろう?忍者らしく忍術を試されるのか、忍具の扱いを試すのか、はたまた体術で実戦か……。いずれにせよ、基本はバッチリ押さえておく必要がある。帰ったらアカデミーの教科書を片っ端から読み漁ろう。今日は寝るのが遅くなるな…と、ゆすらは小さく息をついた。
「あれーっ?ゆすらちゃん、もう帰んの?」
 お気楽そうな声に呼び止められ、ゆすらは足を止めた。空き教室のドアの隙間から、いたずら小僧が顔を突き出してゆすらを見上げている。
「ナルト君…」
 教室の中には、サクラとサスケも揃っていた。だが、担当上忍らしき姿が見当たらない。
「もしかして……まだ先生来てないの?」
「そーなんだってばよ!」ナルトが声を荒げた。「ゆすらちゃんとこは?」
「もうとっくに終わったよ」
 ゆすらが答えると、ナルトは「イーッ!」と地団駄を踏んだ。
「やっぱりな!やっぱりな!——何でオレ達7班の先生だけこんなに来んのが遅せーんだってばよォ!!ほかの班はみんな新しい先生とどっか行っちまったし、イルカ先生も帰っちまうし!」
「イルカ先生は忍者の仕事もあるから仕方ないよ…」
 ゆすらは苦笑いを浮かべてなだめた。ナルトはムスッと腕を組んだ。
「もうしばらく待ってたら来るよ。じゃあね」
 ナルトには悪いが、ゆすらは軽く手を振って教室を後にした。今日はもう帰って勉強しないといけない。それに——ゆすらには7班が羨ましくて、見ていられなかった。騒がしいが自分に懐いてくれるナルト、人当たりのいい女の子のサクラ、クールなサスケ……。
(やっぱり、サスケ君と一緒がよかったなァ…)
 灼の鋭い目と、カズヒの冷たい横顔を思い浮かべて、消した。