「ちょっとちゃん!こないだアンタが連れてきたあの子!ちょっと貸してくれないかしらー?」 「ジェリーさん……?またですか……」 新しい気持ち 松村莉々亜改めリリア・が 黒の教団へ総合管理班清掃員として入団してからというもの、毎日のようにリリア貸し出しを求める者がの元へ押しかけてきた。お陰で副 業がはかどらず、のストレスは日に日に高まってきている。 「リリアは今エクソシストの部屋の掃除で出払ってます」 「アラ それは残念だわー。何しろ今月入った新人がなかなか英語喋れなくてねー」 リリアには『不思議な力』がある。イノセンスと共鳴している のか、それとももっと別の力が働いているのか、彼女はそこに存在しているだけで、周囲の人間の話す異国の言葉を自動翻訳してしまうのだ。 「リリアは貸しませんよ。別の同時通訳さん探してくればいいじゃないですか」 「ちゃん、アンタ最近鬼化してきたわね……」 「ホホホホホ、何とでも」 手の甲を口の側に添えて貴婦人のまねごとをし、はその場を後にした。 「!」 ひょっこりと、正面の角から笑顔を浮かべたアレンが登場。は彼と目を合わせると、疲労の表情を一変させ、ニッコリ微笑んで手 を振った。それを見たジェリーが気を悪くして、ドスドス足取り荒く帰って行った。 「あーあ、怒らせちゃったかなぁ……」 「どうし たんですか?」 「う、ううん、何でもないの。ただの『リリア争奪戦』。いつものことよ」 そう言って肩をすくめて見せると、アレン は「なるほど」と笑った。 「それにしても、も大分言うようになってきたじゃないですか」 「そ?アレンくんのお陰かな……」 はにかむように笑って、はかけていたメガネを指でぐっと押し上げた。するとアレンがいきなり「あ」と間抜けな声をあげ、顔を 指差してまたにこりと笑った。何だろ、なんて思っていると。 「メガネ掛けてるんですね」 今更気付いたのか……。 「う ん……こ、これがないと書類整理とかできなくて。メガネって嫌いなんだけどね」 「え、そうなんですか?目は良さそうなのに」 「透視は、 できるけど!」 「くれぐれも犯罪には使わないで下さいよ、それ」 どういう意味。 「それより、コムイさんが呼んでましたよ 、のこと」 ぎょ。 の顔が独りでにこわばった。もうこの教団に入ってから数週間が経つ。『室長が呼んでいた』 となれば、アレしかない。 「……?」 「えっ?あ、あぁ、うん……」 アレンに顔を覗き込まれて我に返った。 「ごごごごごめんアレンくん、わたし、その――買出し!頼まれてたの!室長にそう伝えて……じゃ」 「え゛待っ……買出しって!」 引き止めようとする手から慌てて逃れ、は白衣のまま脱兎の如くその場から逃げ出した。アレンの伸ばしていた手は行き場を失い、ふらふ らと空中を彷徨ったのち、くしゃりとその白髪に落ち着いた。髪を引っ掻き回し、ハァと溜息を一つ。 「絶対連れて来いって言われてたん だけどなぁ……」 「アレンさん!」 後ろから呼びかけられ、アレンはくるりと振り向いた。そこにいたのは、の 名を貰った話題の天然同時通訳、リリア。モップとバケツを持った作業着姿で、きょとんとコチラを見上げている。 「リリア!こんにちは」 「どうも――今、姉さんと話してたの?」 「ええ。逃げられちゃいましたけどね」 あははと情けなく笑うと、リリアは困 ったように微笑んだ。 「やっぱりアレンさんもコムイ室長に頼まれてたのね」 「はい。リリアも頼まれてたんでしょ?」 この ところ団員に課せられる任務、それが呼び出し。 リリアでも実兄のハルカでも、リナリーやリーバー班長ですらしくじるこの任務。 呼び出しの内容や目的はなぜか教えてもらえないが、なにやらだいぶ深刻な話が絡んでいるらしい。まぁ彼女はエクソシストのリーダーだし、不思 議な事じゃないのかもしれない。 「でも、やっぱ気になりますよね」 「うん。めっちゃ気になる」 意見合致。リリアとアレン は顔を見合わせると、こくりと頷いて駆け出した。 *** 「おや?リディア、エクソシスト退治の仕事はもう終わっ たのですカY」 薄暗い部屋の中で、肘掛け椅子に腰掛けて毛糸のセーターを編みながら、千年伯爵が外貌に 似つかわしくない陽気な口調で問いかけた。その問いかけの相手はオレンジブロンドの女、名前を、リディア・カーペンター。 「ごめん。 まだ終わってないー。遊びで日本人の田舎娘の願いを叶えてやったら力が切れちゃってさぁ……」 「全く、お遊びはいいからさっさと消しちゃ って下さイYあの娘に生きていられると厄介なんですかラY」 「あぁー、あのダ ッサイ赤毛の魔女のことね」 リディアは爪の汚れを気にしながら、抑揚のない声で面倒臭そうに言った。 「まあ、その女もです ガ……もう一人、お願いしましたよネY」 「………………………………」 自分の爪から目を上げて、リ ディアは静かに千年伯爵のでっぷりとしたシルエットを見据えた。 「“あの小娘”を、一ヶ月以内に探し出して消してくださイY」 *** ―――何これ。かわいい……。 が目を引かれたのは、流行り物 ばかりを取り揃えたショッピングモールの一角の雑貨屋だった。ショーウィンドウに最新デザインのなんたらとかいう生地のドレスやバッグが飾ら れ、そこにペアのリングが添えられている。 『クラダー・リング ―アイルランドの伝統品―』 結構、値の張る代物だ。 『アイルランドの伝統的な装飾品。指輪に彫られた王冠は忠誠、ハートは愛、両手は友愛を表す。 右手の指にハートを外向きに嵌めると恋人が いないことを示し、右手の指にハートを内向きに嵌めると恋人がいることを示す。 左手の指に嵌めると、生涯永遠の愛を誓った相手がいること を示す。こちらはアイルランド政府の認可を得たクラダー・リングです』 ―――生涯永遠の愛、かぁ。 神田くんはいつも どこか遠くを見てるけど、そういう人がどこかにいるのかな……。 あの鋭い目を和らげて、優しく微笑みかけるような相手がどこかにいるのか しら……? (……………あれ?) ちょっと、やだ!わたし、なんで神田くんのことなんか気にして――は両頬をぺちんと 叩いて、ぶんぶん首を振った。神田に恋人がいようが婚約者がいようが家庭があろうが孫がいようが、自分には全く関係がないではないか……。 「すすすすいません、て、店頭に置いてあった指輪、ふ、ふふふふふふたつ、ください……」 ―――つくづくわたしって バカね。 すっかり軽くなった財布と、代わりに得た二つの小さな紙袋を睨みつけていると、は自分の思考と行動の食 い違いを認めざるをえなくなり、自分で自分が悲しくなってしまった。まったく、何が神田くんなんて関係ない、よ。ちゃっかり指輪二人分買っち ゃってさ――はぁー、と重苦しい溜息が口をついて飛び出した。 (アイルランドの伝統的な装飾品、かぁ……) でも、なんかちょ っとロマンチックじゃないかしら。 だが、これを買っても着けることどころか神田に渡す日なんて永遠に来ないに決まってる。無駄な買い物を してしまったわ。 (大体戦争中だっていうのに不謹慎よね。これ、帰ったらトランクにしまっておこ――) 「……?」 男性特有の、低くて甘い声がした。しかも耳元でささやくように。 「 ぎ ゃ ー っ ! ! ? 」 「(うぉっ!!?)な、何しやがるテメェ……ッ!!」 ボコッと容赦のない拳が脳天に落ち、は涙目になって振り返 った――鋭いつり目に整ったアジア系の顔立ち、すらりとした細身の体に黒くて綺麗なポニーテールの男。冷酷非道で有名な日本人エクソシスト、 神田ユウ本人である。 「ゆっ、ユウ!!?」 「ファーストネームで呼ぶんじゃねェ。削るぞ」 「ヒィッ!!ごごご ごめんなさ……!!」 ―――うわーん、神田くんやっぱり怖いぃぃいいぃいい!! 「つーかお前こんなとこで何してやがんだ?手 に何を持ってる?」 神田が眉間にこれでもかというほど皺を寄せて、の手元をずいっと覗き込んできた。やばっ、『クラダー・リ ング』がバレちゃう!!――は慌てて紙袋を白衣のポケットに押し戻し、真っ青になって首をブンブン振るった。 「なっ、なんで もないわよっ!たたたた、ただの新種の拷問用毒薬のサンプルを――」 「お前とんでもないこと口走ってるぞ」 「スイマセン……。 あの、ほんとに何でもないのよ。これは機密の化学薬品で……」 よし、二番目の嘘は割と上手いぞ!――は内心ガッツポーズを取 って喜んだ。神田もそれで納得してくれたらしい。 「あ、あの、カ、神田くんは、ど、どうしてここに……?」 「任務帰りだよ。テメ ェの頭の腐った兄貴と一緒にな……はぐれたが」 「はぐれたの置いてきちゃったの……?」 「女どもに気ィ引かれて余所見ばっか してやがるからだ。俺は探さん。面倒臭ェ」 その実の妹に向かってよくもそこまで言えたもんだ。さすが神田ユウである。 「あ、 そういや。すっかり忘れてたが、コムイが散々探し回ってたぜ。オレも任務前にテメェを探すよう頼まれてたんだが」 「うぅっ。コ、 コムイ室長ったら、神田くんにまで……」 さっきはアレン、この間はハルカやリナリーやリリアやリーバーもを呼びに来ていた。 いよいよ無視できなくなってきたなぁ。 「……俺も報告書提出するから司令室に行く。後ろめたいことがあるならついていってやるが?」 「えっ……?つっ、ついてきてくれるって、カ、神田くんが!?」 「いちいちどもってんじゃねェよ。いい加減うぜェ……」 神田 はちょっと照れくさそうに鼻の頭を掻きながら、そっぽを向いて憎まれ口を叩いた。あれ?ひょっとして神田くん照れてる? 「かわいい……」 「あ゛ぁ!?」 「いえっ、何でもありません!!」 あまりにもレアな光景なもんだから、つい本音 を口に出してしまった。 「で?どーすんだ!一人で行けんのか行けねェのか!!」 「えっ、えと、その、つ、ついてきてください!!」 ……って、あぁっ!! それじゃ結局コムイの呼び出しに応じることになってしまったじゃないか!! |