「道を開けて!怪我人です!三名とも重症なんです――医療班を呼んでください!」

背中に莉々亜を背負いながら、アレン は『黒の教団』の廊下を猛スピードで駆け抜けた。そのあとを、ハルカを背負い、を抱いて、神田が続く。二人の通ったあとを、赤い血痕 が続いた。

――私はあの女の子の『望み』を叶えてあげただけ。あの子が島の滅亡と自分の死を願ったからよ
望み をかなえる?お前は一体なんなんだ……?

「アレン君?神田?――!?大丈夫なの!?血まみれじゃない……」
「リナリー、 コムイ室長と医療班を呼んでください!」

飛び出してきたツインテールの少女にアレンが叫ぶ。リナリーは「わ、わかった」と頷き、『黒 い靴』を発動させて、廊下を俊足で駆け抜けていった。風が起こる。血は止まらない。

――いい復讐心だったわ。お陰 でおなかも膨れたし
お前は復讐心を食ってるというのか……?

「コムイさん……が……ッ!早く手当てを……!!」」

医療室の扉が見えてくる。アレンと神田が一層速度を上げた。ファインダーが息を上げながら後を追う。

――そろそろ 千年伯爵のところへ戻るとしますか
お前は一体何者なんだ?



「 早 く ! ! 」


ブレイクアウト



「全く困りましたネY折角追い詰めたのに、最後の最後で任務内容を忘れてしまうとハY
「だからごめんってば」

オレンジブロンドの少女は、シルクハットを被った巨大な影に向かって面倒臭そうに謝った。影――千年伯爵は、 口が裂けたような気味悪い笑顔で少女を見つめ続けている。丸い小さなめがねが不気味に光った。

「次は絶対殺すわ。あんな腰抜けエクソ シストども、怖くないんだから」

クスクス笑いながら、少女はトンと体を傾けて、隣に立っていた細身の少年の肩に頭を預けた。少年は「 死ネ」と書かれた白いティーシャツの上に暗い革のコートを羽織っており、額に十字の痕が刻まれている。

「頼みましたヨYこの次失敗したら、命はないと思いなさイY

千年伯爵が静かに言った。少女はゴ クリと唾を飲み込む。






「分かった。松村莉々亜を殺す」






「間一髪のところでした。さ んとハルカさんはまだ意識はありませんが、命の心配は要りません」

告げられた言葉に安堵の息をついたのは、アレン、神田、リナリー、 コムイ。医師の向こうに見えるカーテンの奥には、恐らくたちが包帯巻きにされて横たわっているのだろう。

「その――『復讐の 悪魔』って子は一体何者なのかしら……?」

ファインダーから受け取った報告書に目を通しながら、リナリーが重々しく溜息をついた。神 田とアレンは黙り込む。

「あの速さは人間並みじゃねェ……一瞬で四人分のイノセンス取り上げて、モヤシを足蹴にしやがった」
「イ ノセンス取られなかっただけマシでした。きっと今回は僕たちを――からかいにきただけ、なんでしょうね」

アレンがギリギリと歯噛みす る。リナリーは表情を歪め、神田は舌打ちした。


「心当たりがないこともないけど」


コムイが突然声を上げた。リナリー、 神田、アレンは顔を上げて目を見開く。コムイは三人分の強烈な視線を顔に受けながら、真剣そのものの表情でメガネをグイッと押し上げた。

「過去の資料に、『復讐の悪魔』と称された少女のことが載っていた。何十年も前だけど、教団に属していたらしい」
「何十年も前の話だ ったら、多分違うと思いますよ。あの子、どう見ても僕と同い年か年下でした」

アレンが溜息まじりに首を振ったが、コムイは「どうかな」と 小首をかしげた。

「どういう意味?コムイ兄さん……」
「それがねー、その子、教団にいたころには既に千歳を超えてたらしいんだよ ー」

神田が眉をしかめた。千歳を超えていた……?そんなの可笑しい。あの姿は老婆どころか成人しているようにも見えなかったというの に。それに、在り得ない――不老不死だなんて。

「不思議なことじゃないよ」

コムイが静かに言葉を続けた。

「彼女は士 師という長老族の末裔だ――つまり、人間を裁く選ばれし者のことだけど。士師は、それぞれが変わった力を持っているという――その中でも、人間 の感情を操り、形にすることができる『五大士師』というのがいてね」

愛情、歓喜、悲哀、絶望、復讐。

「攻撃力として使うのに 最も長けているのが、復讐だ。その子は復讐を司る士師で、何らかの目的で教団側につき、しばらくの間我々の戦争に手を貸してくれていたそうだ」
「それが、どうして千年伯爵の側に……?」 リナリーが聞いた。
「分からないけど、彼女は何十年か前に教団を退団し、それからはカリ ブの方で海賊をやっていたそうだ」

「海賊……ですか。そのときに拾われたのかもしれませんね、千年伯爵に」

アレンがふぅと溜 息をついたとき、ちょうどコムイも溜息をついたらしく、重苦しい空気がさらに膨張した。


「ところで、松村莉々亜ちゃんとやらは……」


コムイがぼそりとその名を口にした瞬間、アレンと神田が声を揃えて「あ」と漏らした。

―――そういえばパニクっててよく 考えなかったけど、教団に部外者連れ込んだのマズかったかな……?

アレンは口を押さえ、思わず小さくなる。どうやら「マズかった」ら しく、コムイが困ったようにはぁーとまた溜息をついた。リナリーが「兄さん、幸せが逃げちゃうわよ」と呆れ混じりに指摘するが、コムイの溜息 は止まらなかった。

「この際、総合管理班で働かせたらどうですか?」

医師が明るく持ちかけた。

「ちょうど人手が足り なかったところですし、松村さんならうまくやれると思いますよ。さっきちょっと話したんですよ」
「でもねぇー。日本人でしょー?英語話せ ないとなれば通訳つけるのもアレだしさー。教えるとなると手間もかかるでしょー?」

コムイ、まったくごもっともだ。日本語を喋れる団 員なんて、神田とくらいしかいないだろう。行方不明者も数に入れるなら、ジャニス・クレイマー元帥もそのうちに入るだろうが。ところ が、医師はキョトンとしていた。




「何言ってンですか。彼女喋ってるじゃないですか、英語」




一瞬、沈 黙が医療室を駆け巡っていった。三人の頭上スレスレのところを、黄色い小鳥がピヨピヨいって通り過ぎていく。


「なーに言ってるん だいキミー!彼女の国、鎖国中だよー?英語なんか話せるわけないじゃなーい!」
「そうですよ!大体任務中だって、に通訳してもら ってたんですよ?だから僕莉々亜とは全く話したこと――」







あ る  ー ! ! !






「ええええ!?何で何で!?そういえばおかしいですよね!はともかく僕や神田 が日本語話せるわけないのに!」
「アホかこのクソ馬鹿モヤシ野郎!俺は日本人だ!!テメェみたいなモヤシ頭と一緒にすんじゃねェ!」
「失礼なこと言わないでくださいよ森の仔リス!僕のどこがアホでクソ馬鹿モヤシ野郎ですか!」
「脳天に一本立ってるアホ毛がアホだっつっ てんだよ森の仔リス!テメェなんざに六幻は勿体無ェ、この際包丁で――」



シャッ……!



ギャーギャー喚き散ら す二人の目の前で、ベッドを囲っていた白いカーテンが静かに開かれた。白いタンクトップの上に団服を羽織り、医療班を振り切って、恍輝の鞘を 杖にして静かに立ち上がった。

「コムイ室長、リリアのこと、総合管理班に連絡お願いします」
「え……ってちゃん、もう動 いて平気なのかい……」

医務室を横切っていこうとするの団服をひっつかみ、コムイが慌てて言った。は振り返らない。

「……数年前の、マリア・死亡事件のこと、覚えてる?」

神田がふと顔を上げ、驚いたように目を真ん丸く見開いて、の 顔を凝視した。

「ある『少女の姿をした魔物』が合衆国の小町にアクマの軍をけしかけ、町を壊滅状態に陥らせた。勇敢にも対アクマ武器 を手に応戦したマリア・のイノセンスを暴走させ、死に至らしめ、町の戦火を消さぬまま逃亡――」

―――あの時。

初め てに出会ったあの時、の名を聞いたあの時。
ふと神田の脳裏をよぎった――まさかこいつ、マリア・の子か?と。

神田の視線を受けながら、は静かに振り返り、何の表情も無い、傷だらけの顔でコムイの目をまっすぐと見据えた。

「――エクソ シストのリーダーなる者が私情を挟むのは悪いと思ってる。でもわたし、これだけは絶対に、誰にも譲れない」

は団服のポケット の中から、何か金色に輝くものを取り出した。いつも彼女が時間を見るのに使っている、古びた懐中時計だった。彼女がそれの鎖を持って高々とか ざすと、時計の裏に小さな文字で、名前が刻印されているのが見えた。



―――Maria ―――



「……あの時町 にいた人間は数名を除いて全て死亡、隣町まで火の手が伸びるほどの大惨事となった」


のか細い声が、いつになく怒りを込め てわなわなと打ち震えていた。


「生き残ったのはただ二人。それもマリア・の――」







息子と娘が、二人だけ。







「リリアのお母さんの仇も兼ねて、わたしがあの女の首を取る!」









(構想ちゃんとねってるんだけど、文才なくて無理有りすぎ)