―――心に思っていたことを、ただ独り言に乗せただけだった

こんな島、消えてしまえばい いのに……

―――まさかそれが叶う日が来てしまうなんて、夢にも思わなかった

私は、あんな母親なんていらない



――― 死 で も な ん で も え え 。 早 く あ た  し を 解 放 し て よ ―――



復讐の悪魔



「で?テメェは一体何してやがるんだよ、ゴボウ野郎」
「………そうですよ、ちゃっかり仲間面なんかしちゃって(神田って……野菜が好きな んだな)」

砕け散った石像の破片を踏みにじりながら迫ってくる東洋系の超美男子に、白髪の明らかに腹黒そうな少年。の兄は、 思わず後ずさりながら、知らん顔をして明後日の方に口笛を吹いた。

「大体ものっすごく怪しいんですよ、あなたは!日本のこんな辺鄙な 離れ島にどうして西洋人がいるんですか!」
「……人のこと言えねェじゃねェかよ」

兄がそっと呟くものの、二人のどす黒さは迫力を 増すばかり。そんな二人の背後から、闇夜をつんざくような金切り声が上がった。


「神田くん!アレンくん!――生きてる人がいる!」


三人の顔色がぱっと変わり、慌てて声のした方へ駆け寄った。森へと続く小道の傍らに、うつ伏せている血まみれの女性が一人――確 かに、微かだが息があるようだ。は団服を脱ぎ捨てると、下に来ていたシャツを


脱ぎ始めた。


「待ッ!、 待ってください!それはさすがにダメですよ!!」
「大丈夫よ、いいから静かにしてて!止血しないと危ないわ!――それに、サラシ巻いてる から平気よ」

は珍しくバシッとアレンを黙らせ、それから恍輝の発動を解いた神剣でビリビリと白いシャツを引き裂いた。急いで それを患部に巻きつけ、きつく縛って、固結びにして留めた。

「えぇっ!お前男装なんかしてたのか!?」

突然、兄が声を上げて 飛び上がった。神田とアレンの目がギラリと振り返り、のぽかんとした表情がその後を追う。

「ヘッタクソだなぁー!第一印象か ら女だって丸分かりだったぜ!てっきりまな板娘かと――ッ」
 お 黙 り 森 の 仔 リ ス 

の毒舌が飛ん だ(一番怯えたのは神田とアレンだったが)。確かに、焦げたような茶髪をくしゃくしゃにした、あまり長身とはいえないその姿は、森の仔リスに 見えなくもない。


「―――あれ?待ってください、その女性って、」


不意にアレンが声をあげ、三人は急いで血まみれの 女性に目を落とした。長い黒髪を散らして苦痛に呻いているその姿には、確かに見覚えがある。莉々亜の母親、松村日和だった。



家も掘っ立て小屋も何もない不毛な土地にアレンの私物の寝袋を敷き、二人の怪我人をそこに寝かせた。とその兄も残った布で傷口を縛り、 最低限の手当てを済ませると、しかめっ面で待ち受ける神田たちのもとへ戻った。

アレンには、いつもの優しげな表情が一切残っておらず、 神田のほうもいつも以上に不機嫌そうだった。まぁ、その怒りも分からないでもないが――仲間だと思っていた人間が、突然敵と手を組み出したの だ。怒らないわけがない。


「それで?」


アレンが唸った。の肩がビクンと跳ねた。それを見て、アレンは気抜け したように「はぁ」と溜め息をつく。

「――。僕たち、別にもう怒ってませんよ。君が本当に敵と仲良くするとも思えませんし。 何より、彼は人間のようですしね」
「う……うん、それは、どうも」

褒められてもいないのに微妙な礼の言葉が飛び出した。実はまた 「ごめん」と言いかけて、またアレンに怒られると思い慌てて舌先で言葉をすり替えたのだ。アレンにもそれが分かったらしく、ピクリと不機嫌そ うに眉が痙攣した。

「ま、まぁ、とりあえず自己紹介しましょうか」

無理矢理引きつった笑みを浮かべて持ちかけると、アレンと 神田、そして兄の顔までもが「は!?」と歪んだ。

「え、えーと、彼がアレン・ウォーカーくん!それでこっちが神田くん!二人ともわた しと同じエクソシストよ!え、えーと、同僚よ!」
「その紹介の仕方はどうかと思いますが――まぁ、アレンです。よろしく」

妙に棘 のある口調でアレンがの兄に話しかけた。兄は「おう」と柄悪く返し、ポケットに手を突っ込んでそっくり返る。

「それから、こ ちらがハルカ・。わたしの実の兄だったみたい……です……」

の言葉に、空気が固まる。ハルカ・は、ハシバミ 色の目を不安げにぱちくりさせて、神田とアレンの顔を交互に見比べている――なんだろう。デジャ・ヴ?二人は口をあんぐり開けたまま首を傾げ た。いや違う。似てるんだ。でも、何故だ?

………兄?

「「 は ぁ ぁ ぁ ぁ あ あ ぁ ぁ っ ! ? 」」



話によると、『死神鎌』を対アクマ武器に持つハルカは、どうやら漂流しているうちにこの島の噂を聞き、奇怪の真偽を確かめるため 筏を編んで、たった独りで島に忍び込んでいたらしい。

少ない日本語の知識をフル稼働させてようやく把握した噂の真相。まず、これまで にも何回か生け贄逃亡事件があったらしいが、『石像』が憤って天罰とやらを下し始めたのはここ数年のことだという。つまり、それまでは『石像 』は神でも何でもないただの像で、何の力も持っていなかったということだ。

ところがある日、そう、大阪から松村という大家族が流れ着 いて、数週間が経ったころ。いつものように差し出された生け贄が突然姿を消し、翌日、その娘の家族が生き血を抜かれて変死体と化したのが発見 されたのだという。

「――それじゃ、ハルカの言うことが正しいとすると、今回の奇怪は莉々亜たちがこの島に越してきたことが関係して そうですね」
「でもイノセンスは見当たらないし、アクマの気配も全くナシ。それじゃ、この奇怪の原因は一体何?」

の言葉 で、再び「うーん」と考え込む四人。



「…………ん、」



つぶやくような呻き声。

ははっとして 顔を上げた。アレンの寝袋の上で、真っ赤な血に染まった松村日和が僅かに身じろぎしているのが見えた。目を覚ましたのか!慌てて駆け寄ってみ ると、松村日和は腫れぼったい瞼をそっと開けて、ぼんやりとの顔を見上げた。

「………ぁ……?」
「えっ?すみません、何 て……?」
「……り………り、あ……は…………?」

ドクン、と心臓が嫌にねじれた。目を細めて黙り込むと、露になった嫌悪に自分 の罪がばれたと悟ったのか、自嘲的に咳き込むように笑って、己の目で娘の姿を探し始めた。そして数秒も経たないうちに、彼女は神田の傍に横た わる莉々亜の姿を見つけた。

「莉々、亜!?」
「気を失っているだけです。傷は酷いですが、命に別状はないでしょう」

ほっ と安堵の息をつく松村日和。は一層目を細めた。

「随分と勝手じゃない。散々虐待しといて、こんなときだけ母親面?一体なんな のよ…!」

恍輝を地面に叩きつけて、踏み締めるように立ち上がると、神田もアレンもハルカも、驚きに目を極限まで見開いてを 見上げた。当のは肩で息を切り、赤毛を乱して松村日和の顔色の悪い目をギラギラと睨みつけている。

「何も……知らん…と、勝 手なことを言う……な……」
「……どういう意味よ」
「あたしが……あたしが!実の娘を本気で痛めつけるとでも思っとんのか!!」

掠れた叫び声が焼け野原を駆け巡り、そして自ら起こした行動の衝撃に耐え切れず、松村日和は大きく咳き込んだ。

「これしか……手 はなかった……娘を……愛娘を……憎むことしか、」

生け贄になるのは、心から愛されて育った娘。
どこから ともなく放たれた白羽の矢が、次の生け贄を決めるという。


「生け贄制…度から娘を守…に、は……それしか……なか…た……」
「ま……さか……、」

アレンの呟くような声が、ぽつりと夜空の下にこぼれて消えた。



「生け贄から守るために、虐 待した……?」



「他にどうしろというの?故郷は戦火で跡形もなく、海を越えて外の国へ逃げることもできず……」

日和 はむせび泣くように掠れた声で叫んだ。

「あの子が愛されていないと分かれば生け贄も免れると思っていた……!生け贄の条件が『愛娘』 なのならば、と……。
 でもダメだった……生け贄の拉致が続いて、見境のなくなった村人は、あの子に白羽の矢を立てた……」

そこ で日和は大きく咳き込み、その度に体のあちこちに刻まれた深い傷から鮮血が溢れるように噴き出した。、ハルカ、アレン、神田がくしゃ りと表情を歪める前で、日和はそっと傷だらけの手で顔を覆い隠す。


「情けない自分が憎い……。こんなときに……娘一人幸せな形で 守ってやれなかった、弱い自分が……」


――憎イ。

その言葉に反応するように、空がどんよりと淀んだ。木々がざわりと身震 いし、たちはびくんと肩を跳ねさせた。ぞくぞくとした、言葉に表しようのないおどろおどろしい悪寒が、鳥肌が立つように肌の裏を駆け 巡っていく。





「私なんて……このまま死んでしまえばいいのよ……」





紅の血が飛んだ。



エクソシストたちの見ている前で。



息を呑む間もなかった。叫ぶ余裕も与えられなかった。目の前に、黒々とした煙が舞 い降りてきたかと思うと、次の瞬間には、漆黒の髪が散り、浅黒く汚れた肌が破裂し、その中から、鮮やかな赤い血が飛び出すように噴き出して。



の顔に鮮血が吹き付け、ビチビチと肌を紅く汚した。鉄の味が口に飛び込み、赤毛が塗れて血を滴らせた。
目の前に は、もはや人であったことすら疑わしい、破裂した臓器が散っていて――。


 見 る な ! ! 


神田の声がした。
彼が、背後からの目を覆ったのだ。





「さ、て、と!」





陽気な声が聞こえた。まるで耳元で喋っているみたいに、頭蓋骨の中で煩わしいほど反響している。

「テメェ……!何モンだ!?」

神田が怒鳴った。石像の向こうに広がる森に向かって。


「あらら?エクソシストさん方、まーだ生きてたの?今時の虫けらって実 はしぶといのねー」


妙に甲高い声。は自分の全身がぶるぶると震えていることに気がついた。神田の、を抱きしめる 腕に力がこもる。森の中の人物は、鮮やかなオレンジブロンドを風に揺らしながら、にっこり微笑んでいた。

「お前が……お前が彼女を殺 したのか!――お 前 が 村 人 た ち を 皆 殺 し に し た の か ! ! 

アレンが叫ぶ声が何もない空間を 駆け巡った。女から返ってきたのは、ふざけたように大きく息を呑む声。

「まぁ心外。私はあの女の子の『望み』を叶えてあげただけ。あ の子が島の滅亡と自分の死を願ったからよ」

クスリ、と笑い声がして、四人の目の前に一つの影が降って来た。影は綺麗に着地すると、鮮やかなオレンジブロンドをふわりと揺らし、同じ く幼げな顔で、ニヤリと不敵に笑んだ。

その口元に残る、真っ赤な返り血。
彼女はそれを指でぬぐい、ぺろりと舐め取る。


「いい復讐心だったわ。お陰でおなかも膨れたし。さて、そろそろ千年伯爵のところへ戻るとしますか」


「せ、千年……」
「……伯 爵ッ!?」

ハルカとアレンが同時に息を呑んだ。神田がチッと舌打ちし、即座に六幻に手を伸ばす――アレンも左腕のイノセンスを発動さ せ、がビクンと肩を揺らし、ハルカは死神鎌を構えた。

「……あんたたち、」

フッと女の姿が掻き消えた。
四人が目 を見開いた次の瞬間、アレンは自分の左肩に猛烈な激痛を感じ、思わず悲鳴を上げた。

「うっ……ッあ!!!」

左肩を踏みつける 足。それは紛れもなくあの女のもの。それだけではない。女の両手には死神鎌と六幻、そして恍輝までもが握られている。それに気付いた各々が慌 てて自分の手元に目を落とす――何も、ない。

―――あの一瞬で、俺たち全員のイノセンスを取り上げたってのか……!?

神田で すら悪寒を感じ、を抱きしめたまま後退りした。

「レディに手を上げようなんて、まったく礼儀のなってない奴らね」

ガ シャン、と音を立てて、女が三人分の武器を投げ捨てた。ついでにアレンの左肩を蹴りつけるように突き放し、アレンはグシャッと土の上に叩きつ けられた。女の真っ赤な唇が弧を描いて笑う。

「お遊びに付き合ってくれてありがとう、虫けらども」
「……ックソ!」

アレ ンが悪態をついたが、女は気にも留めなかった。

「私は一足速くイギリスに戻るわ。これからお仕事なの――あんたたちをぶっ潰すための、 ね」
「チッ……待ちやがれ、このアマ……ッ」

どやす神田をちらりと一瞥し、女はハッと鼻先で笑い飛ばした。

「あぁ、教団 じゃ任務の報告書を提出しなきゃいけないんだったか。エクソシスト派遣したのにエックスファイルはヤバいかぁ!」
「テメェ、教団の人間だ ったのか……?」
「まぁねん。ま、報告書の記述に困るようなら、こうとでも書いておきなよ」

女の髪がざわりと風になびき、刹那、根 元からひとりでに、ズッと群青色に染まりあがった。そしてその目が真っ赤に光り、額にペンタクルが一つ浮かび上がる。真っ赤な唇からは、ちら ちらと鋭い牙が覘いていた。



「『復讐の悪魔』が、エクソシストへの復讐を始めたってねぇ」



「復讐の……悪、 魔………?」



無意識に呟いたの声が群青色の空の下に響いたときには、女は姿を完全にくらましていた。









(出ました!復讐士師記とのクロスオーバー開始!)