屈辱だ。これほどまでに悔しい思いをするのは初めてだ。
あームカついてしょーがない!





The next enemies




――私立王城高校。
アメリカンフットボール部。

「ふう」

明るい色の髪をした『イケメン』芸能人、ジャリプロの桜庭春人が、気だるそうな溜息を洩らしながら現れた。
そんな桜庭の一歩後ろで寡黙さを保ち続けている青年は、進清十郎――桜庭と同じくアメフト部の選手である。
そんな2人組が通り過ぎると、女子学生たちは声をひそめてキャーキャーやりだす。

「今の2年のジャリプロ桜庭さん!」
「や、やめなさいはしたない!」

……話題の中心にくるのは、いつも桜庭の方であるが。

桜庭と進が向かったのは、アメリカンフットボール部の部室だった。
今日は次回の試合に備えて、ここでミーティングを行うのだ。
――しかし、今日の桜庭にはひとつだけ、とっても気に病んでいることがあった。


なーんで最後まで撮れとらんのだー!!


……前回の偵察ビデオが、途中で切れてしまったことだ。

前回の試合は、恋ヶ浜キューピッドVS泥門デビルバッツ――どちらも大したことはない、弱小同士の戦いだ。
とりわけ泥門デビルバッツは弱小中の弱小、2人が見ている間だって、恋ヶ浜の圧勝といった様子だった。
何しろあそこで怖いのは蛭魔妖一と栗田良寛の2人だけで、あとは毎年他の部の選手を寄せ集めただけなのだ。

――しかし。

「この後デビルバッツ逆転したんだろ?」
「肝心のトコ映ってないし……」

途中でモノクロのノイズ画面に切り替わってしまった液晶テレビの前で、先輩たちが小言を言った。

「だから俺が行くって言ったのに……主務の仕事は主務に任せろよ」
「わ、悪かったよ……って、!お前が発作起こしたから俺達が代わりに――」
ガタガタ言い訳を抜かすんじゃない!!

監督――庄司軍平の声が、再び盛大に轟いた。

桜庭はビクッと縮みあがり、余計な口を挟んできた男子学生も同じくビクッとすくんだ。
その男子は、若干女の子っぽさを含んだ特徴ある吊り目の少年で、桜庭の次くらいに整った顔を持っていた。

彼は春樹――アメフト部の主務である。

大のアメフト好きだが、生まれつき体が弱いために、選手ではなく主務としてこの部にいるわけだ。
桜庭がむすっとしてビデオをしまっているのを眺めていると、庄司監督は怒りにうち震えた声でさらに続けた。

「どうしても自分の目で偵察したいとか言っときながら!練習抜けてまで行ったくせに!なんてザマだ!」
(俺はサボりたかっただけだけど)

心の中で桜庭がそう付け足したとき、まるで聞こえていたかのように監督の目がギラリと光った。

桜庭!ビデオ係はお前だろ!!
「ひっ!」

突然鬼の形相が迫ってきて、桜庭は情けのない悲鳴を上げてしまった。
だが、そんなことを言われたって、仕方がないではないか……というのが、桜庭の本心であった。
頭に浮かぶのは、先日の簡易ミサイルこと、デビルバッツのチアガールたち。

「そ、それがですねショーグン……じゃない庄司監督。その……急に追っかけが……」
「いえ。全て自分の責任です」

おっかなびっくり言い訳がましい弁解をしようとしたとき、隣で進が声をあげた。


自分が現場を放棄しました


進の堂々としたもの言いに、桜庭は思わず唖然とする。
大して庄司監督は、ちょっと困ったように表情をゆがめていた。

(う〜、皆の前でここまでハッキリ言われちゃな。なんか処分せんと示しつかん……)

進はここ王城ホワイトナイツの、いわゆるエースである――が、だからと言って甘やかしていい対象ではない。
庄司監督は考えた末に、ゆっくりと部員達に背中を向け、意を決して口を開いた。

進!お前は次の試合スタメン落ちだ!

これには誰もが驚いた。
しかし進は眉ひとつ動かさない。

「………わかりました」

自分に課された罰は、何であっても素直に受け止める。
進はいつもこうなのだ――中学の時から、何でも自分で責任かぶって……。


あーっ、俺の超高価新型カメラー!誰や壊したん!
「?さあ、わからん」
いやそれはお前だろー!!


傍らで聞こえた春樹と進の会話に、思わず胸中でツッコミを入れた桜庭だった。




+++




ズゴゴゴゴゴ……。

地響きにも似た、恐ろしい音が部室に響いている。
綺麗に片付けをされた部室の中に、2人のおぞましいほどの殺気が垂れこめていた。

「あ……あの、まもり姉ちゃん………?」
「セナは黙ってて!」
「は、はひ、スイマセン……」

ピシャリと一喝され、小早川瀬那は栗田の隣までずりずりと後退して、そこで小さくまとまった。

「どうしてあなたがここにいるのよ、さん!」
「あたしだって好きでいるわけじゃねーよ。文句ならヒル魔に言え」

モップを武器に仁王立ちする姉崎まもりの前には、虎猫の闇菜を肩に乗せ、携帯電話をいじくるの姿。
まもりには、殺人未遂の事実を背負った彼女が瀬那のすぐ近くにいることが許せないのである。
瀬那と栗田はお互い不安げに顔を見合わせ、ハラハラしつつ2人の対決――というかまもりの挑戦を見守った。

「大体なぁ、小早川が情けねーからあたしがこんなところに駆り出されなきゃならなくなってんだよ!」
「………ス、スイマセン……(え?あれ?僕のせい?)」
「ちょっと!セナのせいにするのはやめて!セナは主務の仕事ちゃんと頑張ってるのよ!」

まもりがモップの柄をギリギリと握りしめて言い返すと、はものすごく嫌そうな顔をした。

「……何お前小早川、高1にもなって女に守ってもらってんの?」
う、うるさいな!ほっといてよ!

……って、うわ!

瀬那は慌てて口を両手でふさぎ、恐怖でその場に尻餅をついてしまった。
僕ったら……あの泥門第二の悪魔、になんてことを……!!
ヒィィッ!もうおしまいだっ!僕、この場で……ぜ、ぜったい殺される〜!!

「キャハハ!言うようになったじゃねーか、小早川!」
「……はい!スイマセ――え?」
「聞いたか姉崎先輩。今セナちゃんがこのあたし相手に『うるさい』って言ったぜ」
「ちょっと!私は真剣なのよ!話そうやってはぐらかさないで!!」

まもりはモップの柄尻でドンと床をつき、威嚇するように声を荒げた。

「カリカリすんなよ、先輩。心配しなくても別にあたし小早川殺すつもりとか全然ないし。つーか眼中なし?」
あっ、当り前よ!何かしようとしたって、私が絶対セナを守るんだから!」

キッと強い表情でを睨みつけるまもり。
するとはまた嫌そうな顔をして、シャッとスライド式の携帯電話を閉じた。
それからガタンと椅子を引いて立ち上がり、部室を横切って出口へ向かう。

「わーっ、ちゃんどこ行っちゃうの!?」

栗田が慌てて引きとめようとしたが、大きい腹が中央のテーブルの角につっかえ、派手にすっ転んでしまった。

「く、栗田さん大丈夫ですか!?」
「うん……ごめん、セナ君……」

瀬那が慌てて歩み寄ると、栗田は恥ずかしそうに苦笑いして言った。


――ガラッ。
部室のドアが開く。


瀬那たちが目をやると、開かれたドアを挟んで、今まさに出て行こうとしていたと、今まさに入ってこようとしていた蛭魔が、お互い珍しいくらいに間抜けな表情で向き合っていた。

「なんだ、糞悪女じゃねーか。テメー何してやがんだ?」
「帰ります。お疲れっしたー」
あ゛ぁ!?なんだと!?

蛭魔の懐からガションと銃が現れた。
が、そこはさすがの、全く驚いた様子も見せず、つーんとそっぽを向いた。

「言い忘れてたけど、あたし毎週この曜日はバイト入ってんすよ」
「バイトだぁ?テメーがか?」

蛭魔は心底疑わしげな目をに向けたが、は嘘かほんとか分からない表情のままだった。

ナメてんじゃねーぞ糞悪女!明後日が何戦だか分かってんのか!?
「さぁ……でもどうせまた強豪でしょ?うちにとっては」
「よーく分かってんじゃねーか。教えてやろう!明後日の勝負は……」


対王城ホワイトナイツ戦。


「………!!」

の目が、少しばかり大きく見開かれたような気がした。
瀬那とまもり、そして蛭魔は、のらしくない表情に小さな驚愕を覚える。

「………王、城……?」

蛭魔は一瞬、柄にもなく寒気を感じた。
まさか、自分に準ずるこの『泥門第二の悪魔』の、地雷か何かを踏んでしまったのだろうか?

「……気が変わった。今日バイト休みます」
「お、おう。えらく素直じゃねーか」
「一瞬だけ……1分だけ、あたしに時間を下さい」

せつなく、どこか苦しげな、淡く透き通ったブルーの瞳。
蛭魔は少々面食らいながら、許可の意味で出口を顎でしゃくった。
はダッと部室を飛び出し、日の暮れ始めた夕日に向かい……。


「あ、もしもし店長?今日休むけど額に風穴開けられたくなけりゃ給料いつも通りな」


ずっどーん。
何のための小コントだったんだ今の。



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