まずい。バレたかもしれない。 ……知られざる、あたしの弱点。 The cause of a defeat pt.2 「あの、さん……」 「うるせェ黙れ話しかけんな」 バシッと一蹴され、声を掛けた男はの机の前で思わず硬直する。ちな みにその男とはのクラス担任である。ホームルームの途中でいきなり猛烈にケータイを弄り始めたをどうにかしようとしたらしい。 の愛用ノートパソコンはまだ蛭魔が人質に取っている。つまり今ネットにつなげられるのはケータイだけ。 「あ、ホームルーム始 めてていいよ」 挙句、折角待っていてくれた担任に向かってヒラヒラと手を振る始末。瀬那が呆れと恐怖の入り混じった顔で空笑いした。 担任の額にうっすら浮かぶ青筋は見なかったことにしてやろう。 「きりーつ、気をつけー、礼!」 みんなが一気に立ち上が り、ピシッと姿勢をただし、一気に頭を下げる。に向かって。 「着席ー」 みんなが一斉に席に着いた。 「えー、では帰りのHRを始めますー。まずは伝達と、学級便りをですね……」 角をずらして枚数を数え、器用に配っていく担任。ピッ ピッピッというケータイの操作音が、瀬那の隣の席から絶え間なく響く。(せめてマナーモードに…!) 「えー、時間割変更が入っていま す。明日一限目の数Tと六限目の情報Aが入れ替わるそうです」 黒板の端に白いチョークで細長い字を書き加えていく担任。ここでもやは りピッピッピッというケータイの操作音が、瀬那の隣の席から絶え間なく響く。(つーか電源切れよ…!) 「それから――! 放課後一人で校舎裏に来やがれ!ケケケ、YA-HA-!」 (((う………ッ!))) 聞 かなくてもわかる。蛭魔からの呼び出しだ。口元を押さえて呻く生徒達をよそに、はシャコッとスライド式ケータイを収納すると、鞄に突っ込 んで、机の上にドンと不機嫌そうに肘をついた。 +++ HRが終わり、掃除当番をその辺の誰かに託して 教室を飛び出すと、は前を開けっぱなしのブレザーのポケットに両手を突っ込んで、細かいパーマのかかった茶髪を振り振り指定された場所へ 向かった。 (やっぱ、バレたんかな……) 不意を突いて足を引っ掛けられ、悲鳴を上げてしまったあのときの様子が脳裏を過ぎる。 (でも……!) はぐっと握り拳を作って大きく頷いた。 (弱点分かったからってどーにかなるよーなもんでもない! いくらヒル魔がスポーツ得意でもこのあたしの攻撃を避けながら弱点を突こうなんてそんな無理なことできひんやろ!) なんたってこのあ たしはである! ……などとわけのわからない根拠に納得して、はついに最後の角を曲がった。 「ヒル魔 先パーイ?」 呼びかけてみたが、応答なしだ。誰もいなかった。呼び出しておきながら自分がまだなのか。まぁアイツはそう いう男だったしねとたかをくくり、は校舎の外壁に背を預けてしゃがむ。 「遅ぇー」 ぶつくさ文句を言ってみても、なかなか 蛭魔は現れない。このタイミングで呼び出したんだから、多分勝負のことについてなのだろうが、やっぱり怖気づいたとか……?いや、それはない か。 ……遅い。 はブレザーのポケットからケータイを取り出し、時間を確認した。十五分経過している。もともとが着い たのも指定時刻より遅かったから、先に来ていておかしくはないはずだけ―― 「サーン。お待たせ」 聞き覚 えのある声。 しかし違う、蛭魔の声じゃない。 はバッと素早く立ち上がった。十文字、黒木、戸咎……うちのクラスの不良どもだ。 「……このあたしに何か用かよ」 「ふーん、『このあたし』ねー、言ってくれる」 黒木が小ばかにしたような態度でずいと前 に進み出た。身長差が強調され、はピクリと眉を吊り上げる。 「何、あたしとやろうっての?」 ブワッととてつもな い殺気がの体から噴き出した。三人は少し怯んで見せるが、は殺気を収めない――むしろちょうど良いと思っていた。ストレス発散の。 「こっ、のぉぉお!!」 まずは黒木。大袈裟な拳を顔をそらして軽くかわし、は静かに目を閉じる。 (わかりやすいな) まぶたの裏に広がる、よどみの無い黒。そこに三人分の黄色い殺気の予測ルートが、蜘蛛の巣のように張り巡らされている。この黄色いル ートは攻撃予測。これをよけていけば、こんな喧嘩楽勝だ(うん、たぶんだけど)。 次の拳はパシッと掌で受け、放すと共に低くスピンし ながら足元をパーンと蹴り上げる。前につんのめったところに後ろ蹴りでかかとを叩きつけ、すると黒木は壁に顔から激突して伸びた。 「キャハッ、いっちょあがりィ!」 続いて戸咎。こいつも同じく目を閉じて殺気の通り道を予測し、体をそらせたり前に倒したりして、両 手で繰り出される拳の雨を流れるように避けた。そして体勢を持ち直すと同時に真っ直ぐ顎を突き上げる。 「おっしゃ、二人目じゃー!」 残るは、十文字だけ……。 「………あれ?」 はピタリと足を止めて首をかしげた。 いない。十文字がど こにも。 「………………」 もう一度目を閉じてみた。黒い世界の中には、自分から滲み出るおぼろげな殺気がジワジワ漂っている だけで、十文字のものと思われる殺気はどこにも見当たらない。逃げたのか……? 「――足元、」 背後で、声がした。 「スキだらけだぜ」 パァーン! 視界が急に暗転し、体の前面に衝撃が走った。長 らく感じなかった息苦しさに息がつまり、はウッと呻く。慌てて起き上がろうとしたとたん、背中の上にドンと重いものが圧し掛かってきた。 「オレの勝ちだな、」 「………な、」 何でこいつら、知ってるんだ……? は顔をもたげて自分の背中を睨み つけた。背中の上には、十文字が腰を下ろしている。 チッ、は悔しげに舌打ちした――こんな、屈辱を味わわされるとは思わなかった。 背中の上に座るガッチリした彼は、女のが押しのけるには少し体重差がありすぎる。 最悪だ、こんなの誰かに見られたら、 カシャ ……オーマイガッ。 「ケケケケケ!ご苦労ご苦労!!」 甲高い笑い声を響かせて現れたのは、大きなカメラを持った蛭魔妖一ご本人である。ウッソォ……は真っ青になった。 やられた!まさか初めから!?弱点はコイツらに教えて、自分は影からこの姿をカメラに収め……。 「ケケケ、糞悪魔!この勝負どーやら オレの勝ちだな!」 「な……ヒル魔ァ……!!」 「テメーの弱点は足元の『死角』だ!テメーはなぜか足元の攻撃にだけ疎いんだ!」 ジィー、とポラロイド写真がカメラから出てくる。悔しい悔しい悔しい……!まさかこんな形で弱味を握られるなんて思ってなかった。てっき り蛭魔自身が正面切って、話で決着をつけるものと……! 「テメーは甘い。だから負けんだよ。なーにが『泥門第二の悪魔』だ、糞小悪魔」 ガサッ、目の前にパソコンの入ったバッグが降って来る。は唇をきつく噛み締めた。 「明日放課後、部室で待ってるぜ」 ムカつく、ムカつく、ムカつくーっ!はパソコンのバッグを掴んで引き寄せ、それに顔を押し付けて歯噛みした。もうサイッテー!恥ずか しい!悔しい!こんな屈辱、初めてだ……。 「オレの勝ちだ、!」 <<BACK * INDEX * NEXT>> |