——ガサガサッ…。
 草葉が激しく身を寄せ合っている。

 月のない夜だった。空は墨をぶちまけたような色をしている。星も分厚い暗雲の向こうに姿をくらましているから、人里から遠く離れたそこに光はなかった。その暗闇の中に、一際黒い森がじっと佇んでいた。木々がうっそうと茂り、その間を暗黒が埋めている。夜空よりもずっと深く、純粋な黒。沈み込んでしまいそうなほどに深く、どこか禍々しさすら感じられる。あたりには風一つ吹かず、車の音も、虫の鳴き声もしない。ただひたすらに生臭い沈黙を吐き出している。

 不意に、黒の中を一筋の赤い閃光が横切った。
 それに応じるように、緑色の閃光がほとばしる。

 緑の光が木の幹に当たった。そこから目の眩むような光が膨れ上がったかと思うと、次の瞬間、凄まじい爆発音が森全体を揺さぶった。闇が割れ、空気が震え、木々が吹き飛ぶ。赤々とした爆風から逃れるように、一つの黒い影が煙を切り裂いて飛び出してきた。

「 There she is!!(いたぞ!)」

 誰かが怒鳴った。頭を腕で庇い、弾丸のように駆け抜ける女性を狙って、幾筋もの閃光が飛び交った。

「 Kill her!!(殺せ!)」
「 Get back the Box!!(『箱』を取り返すんだ!)」
「 Don't let her go!!(生きて帰すな!)」

 女性はフードで顔をすっぽりと覆い、右手に20センチほどの細長い木の棒を握り締めている。彼女は敵の放った閃光が後を追ってきたことに気づくと、長いローブの裾をなびかせて、巨木の裏に逃げ込んだ。

Stupefy麻痺せよ!! 」

 高らかな声が何かを叫んだ。巨木の裏から真っ赤な閃光が躍り出て、追っ手の心臓に命中した。追っ手はちょうど腕を振り上げて何かしでかそうとしていたが、赤い光を受けると、糸が切れたように崩れ落ちた。その背後から、別の男が青い光線を放ち、豪快に巨木を吹き飛ばした。

Protego護れ!! 」

 透明な壁が爆発の衝撃から女性を庇った。男はすかさず弾き返された木片に杖を向ける。

Oppugno襲え! 」

 木片が空中で向きを変え、今まさにずらかろうとしていた女性に襲いかかった。女性は急いで杖を振り上げた。

Incendio燃えよ!! 」

 小さな杭の群れが燃え上がり、灰になった。さらに、女性が杖で大きな円を描くと、炎は巨大な蛇に姿を変え、敵を呑み込まんと口を開けて飛びかかった。

***

 ごうっという炎の音を聞きつけ、少女はハッと顔を上げた。木々の向こうがオレンジ色に染まっている。男たちの激しい怒号がだんだんと近づいてきているのが分かる。

「急いで…!」

 少女は固唾を呑んで立ち上がった。その手には長さ25センチほどの紫檀の杖。泥と血で薄汚れた指先が、杖の柄に貼り付いたまま小刻みに震えている。傍らに座っていた大男が、揺れる杖先を不安そうに凝視した。

「早く…!」

 祈るように呟いたその直後、爆風に追われるようにして人影が飛び込んできた。少女は身を固くして杖を上げたが、自分に向かって飛び込んでくる女性と目が合うと、反射的に杖先を彼女から逸らした。女性と少女が接触し、もろとも地面に倒れ込む。その背中が地面につく直前、三人の目には全てがスローモーションのように映った——女性が手を伸ばして大男の手を掴んだ——少女の杖先が迫り来る追っ手の壁を狙う——大男が女性の手を強く握り返した——少女の口が開く——追っ手の一人が杖を振り上げた——。

 そして、時は再び急速に動き出す。

コンフリンゴ爆発せよ! 」

 少女の金切り声が巨大な爆発を引き起こした。攻撃を仕掛けようとしていた追っ手が、断末魔の叫びを上げて吹き飛んだのを最後に、少女の視界はぐにゃりと大きく歪んだ。背中が地面に接するや否や、へその裏側からぐいっと引っぱられるようにして、三人は森から姿をくらました。

連載再開でございますっ!
今度の夢主は魔法使い。