「そんなに悪くはないですね、少し安静にしてればすぐに治るでしょう」

医師は、の細い手に包帯を巻きつけながら言った。白い腕を、真っ白な包帯がクルクルと覆う。 包帯は薬品のにおいが染み付いていたが、それ自体はとても暖かかった。

「安静に・・・か、ちょっと無理な要求ね」
「そういうと思っていました。でも、左手を使わないようにすれば、2,3日程度で完治すると思います」

苦味を含んだ表情でが言うと、医師は苦笑しながら言い換えた。それでも、結局は無理な要求だと思った。

なにしろ、鍛錬は毎朝怠れないし、多分これからみっちりと任務予定が入ってしまう。その上、科学班にも携わっているものだから、 ドタバタで安静になんて絶対できないだろう。

「おや、やっといらっしゃいましたか、神田さん」

医師は顔を上げ、の向こう側を見つめた。ドアが開く音が聞こえて、次いで、服がこすれる音が聞こえてきた。 振り返ると、入口には神田が立っていた。医療班の人間に囲まれて、しぶしぶ団服を脱いでいる。

「あ、彼の手当てお願いします。わたしの方は、もう自分でできますから」
「そうですか――では、包帯をあと2,3回巻いたらこの金具で止めてテープで押さえてください」

は医師の言葉に頷くと、包帯を受け取って丁寧に巻き始めた。医師は白衣を着なおして、神田のところへ歩み寄った。

「うわ、ひどいですね」

医師の言葉が気になって、は椅子の向きをくるりと変えてみた。 神田は傍のベッドに腰掛けて、医師がかがみこんで傷を見つめている。

胸には斧で切り裂かれた、生々しい傷跡がしっかりと残っていたのだが、驚くべきことに、それはもうふさがりかけていた。 たったさっき負ったはずの怪我なのに、もう血が止まっている。

「何だ」
「いえ、別に何もないわ」

注目されて気になったのか、神田はギロリとこちらを睨みつけてきた。は不機嫌な声を上げて、 包帯の金具をとめるのに手こずっているふりをした。

―――なんだか変わった人だと思ってはいたけれど、 ここまで不思議な人だとは・・・

はもう一度、気付かれないようにそっと神田を盗み見た。 幅の広い、真っ白な包帯が、細身の体に巻きつけられていく。

「おい」
「なに?」

突然声をかけられ、はいささか驚いてしまった。任務以外にはあまり会話を好まなさそうな人間なのに。

「一つ聞きたいことがある。さっきのアレだが・・・一体何なんだ?」
「はい?『アレ』?―――あ、あぁ・・・」

『さっきのアレ』と聞いて、思い当たることは一つしかない。

「『魔法』のこと?残念だけど、 この件については質問を承らないわよ (面倒だし)」
「言いたくないのなら、別にいい。聞くのも面倒だしな」

―――なら、訊いてこないでちょうだいよ。

一体何がしたいのか理解できない。 好奇心があるのかないのか、聞くつもりがあるのかないのか、イライラするほどわかりづらい。 どうしてこういうタイプの人間は、すぐにそっぽを向くんだろう!は心の中で悪態をついた。




――――――その時。




「 こ い つ ア ウ ト ォ ォ オ オ ! ! 」




教団に響き渡る、巨大な叫び声。は大袈裟に驚いて、思わずびくりと飛び上がってしまった。何かを恐れたような、物凄い悲鳴だった。 医療班の人間たちの顔色が素早く変わった。


呪われた入団者


「今のって、門番(ゲート・キーパー)の声だよな!?まさか『アウト』って―――」
「ええっ!?アクマが来たってこと!?」

そわそわし始める医療室。しかし、新米のには何が起こっているのかさっぱりわからなかった。 しかしどうやら、門番が不審人物を発見したようなのだが―――。

そんな彼らの不安を後押しするように、門番は叫び続ける。


「こいつバグだ!額のペンタクルに呪われてやがる!アウトだアウト!!」


「これって、門番さんの悲鳴なの?それって、アクマが来たってこと?ねぇ―― え ぇ え え ぇ え ! ? 

は神田に質問を投げかけたつもりだったのだが、それは途中から奇妙な悲鳴に変わってしまった。

神田が、包帯の上から団服を羽織り、今まさに出かけようとしていたのだ。出血は止まったとはいえ、まだ怪我が残っているのに! 一体何を考えているんだろう!

「あっ、まだ安静にしていないとダメですよ!!」
「そそそ、そうよ!血が止まったからって バカみたいに安心しないで!わたしが代わりに行くからそこで寝てなさいよ!」

医師の言葉をさらに強調し、が神田の袖を引っつかんだ。神田は無言でそれを振り払って六幻を手にとり、窓に向かった。 格子の向こうに浮かぶ月は、コンパスで描いたようにまん丸い。

神田は窓を開け放ち、そこに足をかけた。 吹き込んできた冷風が、神田の綺麗な黒髪をなびかせる。バタバタと団服が揺れた。


「神田くん!!!」


の制止の声もむなしく、神田は空(くう)に飛び立つ。闇色の服をまとった神田の姿は、すぐに夜空に紛れ込んでしまった。

―――あのやろー!

は頬の内側をきつく噛みつけ、怒りを最小限にとどめた。 振り返りざま、たった今入ってきたらしき団員に声をかけてみる。

「ちょっと!一体どういう事なの!? 門で何が起きてるのよ!!」
「さ、さあ・・・?僕にもよくわかりません―――情報収集室に行って見たらどうです?」

団員は首をかしげながら言った。面倒くさいが、それ以外にどうしようもない。は上着を羽織って恍輝を手に取り、 医療室を駆け出していった。ポケットからティナシャロンが飛び出す。

「情報収集室ってどこ?」

低い声で訊ねると、ティナシャロンはそれに答えるかのように目の前を飛び出した。 猛スピードで道案内していくティナシャロンを、全く見失うことなく疾風の如く駆け抜けていく。 目にも留まらぬ速さで、は一つのドアの前に辿り着いた。


「リーバー班長!」


はドアを蹴破り、中に駆け込んだ。モニターの周りに人だかりができている。 すぐに、ツインテールの女性エクソシストが振り返って、目を見開いた。

?いつ帰ったの?」
「久しぶり、リナリー―――それより一体何が起こってるの?神田くんはどこ?」

リナリーへの挨拶を忘れずに、そして素早く要件を持ち出す。はふとモニターに目を留め、 惹きつけられるようにそれに歩み寄った。白髪の少年が一人、神田と向き合っている。それにしても、神田はなんという迫力だ。

「う〜ん、クロス元帥の紹介で来たって子が門番の検査に引っかかっちゃってね」
「あぁ・・・それであんなに喚いていたわけね。 ついに教団にも敵が乗り込んできたのかぁ」

は返り血でギトギトになった赤毛を引っ掻き回しながら、退屈そうに言った。 まぁ敵は一人だけのようだし、あの神田さえいればすぐに片付くだろう。神田の強さは『魔女の棲む村』で証明済みだ。



―――あれ?



モニターに、何かチカリと光るものが映った。何だろう・・・金色のゴーレム??

「あのゴーレムって・・・もしかしなくても『ティムキャンピー』?」
「そう、クロス・マリアン元帥のゴーレムなの」
「じゃあ、あれってクロス元帥の弟子かなんかなんじゃないの?」
「でも、レントゲン検査に引っかかってるし―――」

―――え、今これってどんな状況なの?

ティムを連れてるなら、彼はクロスの関係者なんじゃないだろうか。 ゴーレムは持ち主以外の言う事は絶対聞かないから、彼がゴーレムを奪ったなどとは考えられない。 でも、確か門番は額に呪いの『ペンタクル』があるとか叫んでいたような。



「 あ あ ! 」



気付いて、ポンと手をたたくと、団員たちの目が一斉にこちらを向いた。の頭の上には電球が光っている。 そういえば、昔ジャニス・クレイマー元帥からある話を聞いたことがあったのだ。知り合いのクロス元帥の弟子について。



「そういえば、クロス元帥のところでアクマの呪いにかかった男の子が修行してたって―――」



団員たちの、息までもが一気に停止したのがわかった。おかげで、ゴーレムを通して外の会話がよく聞こえてきた。 どうやら、神田が本気で男の子を斬ろうとしているらしく、物凄い形相で男の子に向かって地面を蹴った。

『待って!ホント待って!!僕はホントに敵じゃないですって!!クロス師匠から紹介状が送られてるはずです!!』

ズザザ、と音を立てて、神田と六幻が急停止した。男の子は壁に背中をピッタリとくっつけたままで、六幻の切っ先は鼻先ギリギリで 止まっている。自然と両手が降参するかのように上がり、足がブルブルと震えている。


『元帥から・・・?紹介状・・・?』
『そう、紹介状・・・・・・(怖っえ〜)』


もわもわと上がる砂煙。神田の急ブレーキが物凄かった事を表している。




『 コ ム イ っ て 人 宛 に 』




訪れる沈黙。 一点に集まる視線。注目されながらも、表情一つ変えないコムイ。

「そこのキミ!」
「は、はい?」

突然声を上げたコムイに、はびくりと肩を跳ねさせてしまった。コムイの指先は、適当な団員の顔に向けられている。

「ボクの机、調べて!」
「・・・・・・・・・・・・・アレをっスか?」

命令されて白目を剥くのも無理はない。 何しろ『コムイの机』には、まるで『黒の教団』がもう一棟建ったかのように高々と書類が積み上げられ、 さらに蜘蛛が巣まで張っている。

「コムイ兄さん・・・・・・」
「室長・・・・・・」
「コムイ室長・・・・・・」

リナリー、、リーバーが口々に言い、げんなりした表情を向けるが動じない。


「ボクも手伝うよ!」


偉そうに手を上げながら言ったコムイに、三人ともガクリと頭(こうべ)を垂れた。 何が『ボクも手伝う』か。元はといえば、あれは他ならぬコムイのデスクじゃないか。それに、コムイ宛の手紙だし、 なくしたのはコムイ自身の責任だ。



「あった!ありましたぁ!!クロス元帥からの手紙です!」

男の歓声と共に、高々と掲げられたのは、あちこち擦り切れた白い封筒だった。 手紙もとんだ災難だ―――長距離を渡った挙句、蜘蛛の巣だらけの書類の山に埋められるだなんて。

「読んで!」
「『コムイへ。近々アレンというガキをそっちに送るのでヨロシクな。 BYクロス』です!」
「はい!そーゆーことです。 リーバー班長、神田君止めて」
た ま に は 机 整 理 し て く だ さ い よ ! ! 

リーバー班長が牙を剥いて怒鳴った。一方のコムイは、何事もなかったかのように団員たちに背を向ける。 は相変わらずの有様に、呆れる以外に何もできなかった。入り込む余地のない、いや、入り込みたくもない。




「あ、リナリー、ちゃん。ちょっと準備を手伝って。久々の入団者だ」

声をかけられて、リナリーとが顔を上げた。見上げるほどの長身で、今はマグカップに熱々のコーヒーを注ぎながら、 明るい笑みを浮かべている。とリナリーが顔を見合わせると、コムイは二人の顔を見て言葉を続けた。




「クロスが出してきた子か・・・・・・鑑定しがいがありそうだ♪」









(修正後 : ヒロイン、ここでアレンくんと出会います)