開け放たれた門に辿り着くと、まだ六幻を下ろす気配を見せない神田と、白髪の少年が見えてきた。
ティナシャロンがパタパタと合図するように羽根を鳴らすと、ティムキャンピーが気付いて飛んで来る。じゃれあう二羽を、
リナリーが驚いて見つめた。 「ティナとティム、いつの間にこんなに仲良くなったの?」 「さぁ・・・? ジャニス元帥がよくティナをクロス元帥の所にお使いに出してたから、そのとき知り合ったんじゃないかしら」 「そういえば形状もよく似てるし―――だけどティナはが作ったのよね?」 「えぇ。 ジャニス元帥がティムの解剖図をモデルに見せてくれて、真似してみたの。改良しすぎて小さくなりすぎたけど」 ティナシャロンの体は、ティムの三回りほど小さかった。羽根だけが細長く、根元に金色のピアスを通している。一応、 効果があるのかは知らないが、魔よけの呪文を詰め込んだピアスだ。これも試作品だし、効果があったとしても使えないかもしれない。 「神田くん!!攻撃をやめて!」 は口横に手を添えて、お腹いっぱいの声を絞り出した。 アレン・ウォーカーは、その声に気付いて神田越しにこちらを見たが、一方の神田は全く動く気配を見せない。 「まったく、もー!!」 リナリーは、一行に動かない神田にしびれを切らしたようだ。つかつかと歩み寄り、なんと神田の頭を、 手にしていたファイルでパコッと叩いた。神田の首が、それにつられて横に傾く。 「もー!!やめなさいって言ってるでしょ! 早く入らないと門閉めちゃうわよ」 唖然とする二人。リナリーは、グッと門を指差して眉を吊り上げた。 「入んなさい!」 ヘブラスカの予言 四人はやっとこ塔の中に入った。門を閉めると冷たい風が閉め出されて、温かい空気が肌を包み込む。 「私は室長助手のリナリー。それからこっちがエクソシストのリーダー、よ。室長の所まで案内するわね」 「よろしく、アレンくん」 「よろしくお願いします (わぁ、責任者が直々に会いに来てくれるなんて)」 律儀なアレンにはにっこり微笑みながら、 しかしその目は不安げに神田に向いていた。一段と機嫌が悪そうで、三人より数歩前を歩いている。しかも、歩みが数倍速いので、 その距離はどんどん開いていった。 しばらく歩くと、神田は突然体の向きを変えた。方向から推測するに、 おそらくこのまま自室に向かおうとしているのだろう。あくまでも、『おそらく』、だが。は方向音痴なので、まだ道順をしっかり覚えていなかった。 「あ、カンダ!」 ギ ラ 「・・・・・・って名前でしたよね・・・?」 振り返った神田の目が恐ろしい。名前を間違っていたのかと思ったらしく、 アレンは冷や汗をたらしながら聞き返した。大丈夫、間違ってない。神田くんはただ、あなたが気に入らないだけ。 そう言おうとしたが、全然フォローになっていないのでやめておこう。 「よろしく」 アレンが、スッと手を差し出した。 礼儀正しい子だな、とは微笑んだが、神田の顔はみるみる険しくなっていく。 「呪われてる奴と握手なんかするかよ」 吐き捨てるように言うと、 神田はそのまま荒い足音を立てて歩き去っていってしまう。アレンはしばらく呆然とそこに突っ立っていたが、やがて、 怒りのあまり全身が震えだしたのが見えた。 (差別・・・・・・!!) 「ごめんね、 任務から戻ったばかりで気が立ってるの」 「うん。単細胞だから」 リナリーは苦笑しながら神田の代わりに謝り、 は呆れて頷いた。どっちかと言うと、任務帰りで気が立ってると言うよりは、アレンが気に食わなくて仕方がないんじゃないだろうか。 *** コムイ室長の所へ向かう道すがら、とリナリーはアレンに教団を大体軽く説明した。 食堂、三階層に渡る修練場、談話室。それ以外にも塔の中には複雑に道が入り組んでいて、さまざまな部屋が備えられている。 「他にも療養所や書室、各自の部屋もあるから後で案内するね」 「部屋が与えられてるんですか!?」 リナリーの言葉に、相当嬉しかったのかアレンは目をキラキラ輝かせた。その表情が、まだ新鮮でとてもかわいらしい。 「ええ。エクソシストはみんなここから任務へ向かうのよ。だからここのことを『ホーム』って呼ぶ人もいるわ。 あぁ―――でも出て行ったきり戻らない人もたまにはいるわね (ジャニス元帥とか)」 「へぇ・・・・ (師匠です)」 は自分の師を指して言ったのだが、アレンはクロス元帥を思い浮かべたらしい。しかし、考えてみればどの元帥も、 よっぽどの場合でなければほぼ『教団』には戻ってこない。 「アレンくんて、今いくつ?」 「えっと、16くらいです」 があまりにも唐突に話題を変えたので、アレンは戸惑いながら答えた。アレンのその答えに、は心底驚いてしまった。もしかしたら白髪のせいかもしれないが、随分と大人びて見える。 「えぇ!?じゃあ同い年なのね!わたしも16よ。でもアレンくん大人っぽいねー。わたしよりかは背も高いし・・・・・・」 「そんな事ないですよ。あ、だけど、は背は結構小さいんですね。てっきり年下かと思ってました」 「リナリーも同い年よ。 不思議よね、中国人よりアメリカ人のほうがチビなのよ」 不思議と、悪気のないアレンのチビ発言に腹立つこともなく、 は苦笑まじりに言った。 その後も談笑を続けながら、三人は妙に薄暗いフロアを通りかかった。お粗末な電球、 亀裂の入った石壁。そこは明らかに掃除の手も行き届いていないし、他の部屋と見比べると本当に同じ建物の中にあるのかさえ 疑ってしまうくらい汚い。 コムイのプライベートな実験室だ。 「あ!ここのフロアはどんな部屋があるんですか?」 アレンは好奇心で輝く目で、そのフロアを見つめて訊ねた。 「ああ、ここはね―――――」 「 こ こ は い い の 」 が口を開くと、次いで出てくる言葉を遮るようにリナリーが言った。 「―――はい?」 「 い い の 」 目を白黒させて聞き返すアレン。 が、リナリーはもう一度強く言葉を繰り返すだけ。は一応、ここが何だか知っているのだが、 所持者の実の妹がこれだけキッパリ拒絶するのなら、言わない方がいいのかもしれない。 「さ、早く行きましょ」 リナリーはそう言い、オロオロしている二人を置いてまた階段を駆け下りて行った。 「はーい、どーもぉ! 科学班室長のコムイ・リーでーす!!」 三人の顔を見つけるなり、ちこーん、とメガネを光らせたのはコムイ。 「歓迎するよ、アレン君。いやー、さっきは大変だったね〜」 (((誰のせいだ・・・))) まるで他人事かのように話すコムイに、その場にいた全員が心の中で悪態をついた。そんなことには気付きもせず、 コムイは三人の前を歩き出す。階段を下りた先のオペ室に辿り着くと、コムイはアレンに言った。 「ちょっと腕診せてくれるかな?」 「えっ?」 「さっき神田君に襲われたとき、武器を損傷したでしょ?」 やっぱり能天気そうなカオしてよく見てるなぁ―――は心底感心した。アレンはぼーっとそこに突っ立ったまま、 まだコムイの顔をじっと見つめている。コムイはサッと振り返ると、かすかな微笑みを浮かべた。 「我慢しなくていいよ」 アレンがおずおずと手術台の上に手を乗せ、はコムイの横からアレンの手を覗き込んだ。 真っ赤な、しわくちゃの腕に、黒い十字架が一つ埋め込まれている。その腕から指の付け根にかけて太い亀裂が入り、 腕がびりびり震えていた。 「神経が侵されてるんじゃない?震えてるわよ、いたくないの?」 「やっぱりか・・・・・・。 リナリー、麻酔持ってきて」 の言葉にコムイが頷く。それから、コムイは顔を上げてアレンのほうを向いた。 「発動できる?」 「あ、はい」 アレンはコクリと頷いて、左手に軽い力をこめた。 手術台の上に置かれた真っ赤な腕が、コムイたちの目の前で姿を変える。白い、大きな腕・・・・・・手の甲に埋め込まれた十字架は、 僅かに光を放っている。 「ふむ。キミは寄生型だね!」 コムイが、アレンの腕をコンコンと軽くたたきながらコーヒーを すすった。聞きなれない言葉に、アレンはぽかんと首をかしげる。 「寄生・・・型?」 「うん。人体を武器化する適合者のこと。数ある対アクマ武器の中でも珍しいタイプだよ。 もっと珍しいタイプもあるけど―――まあ対アクマ武器のタイプは大きく分けて三つあるんだ。キミのような寄生型と、 神田なんかは装備型でエクソシストの大半がこのタイプだね。それから、最も珍しいのが―――まぁこれは例外なんだけど―――」 コムイがチラリとを見た。アレンはその意味深な視線にまた首をかしげただけで、なぜコムイがを見やったのかはさっぱりわからなかった。 「―――憑依型(ひょういタイプ)・・・聞いての通り、適合者が武器に取り憑かれ、体を乗っ取られてしまうタイプさ。 ごく珍しいタイプで、今、教団で確認できてるのはひとつだけなんだ。 大方の適合者が、数年も経たないうちに武器に飲み込まれ死んでしまう」 「・・・そんな危険なタイプまであるんですね。 でも、数年も経たないうちに死んでしまうって・・・?」 「大丈夫。今の所、 彼女は適合してから6年目よ。最長記録みたいだけど・・・それにしても『憑依型』って聞こえ悪いわよね?」 はオペ台に肘を突いて、アレンの対アクマ武器を見下ろした。白く細い人差し指を伸ばし、対アクマ武器に軽く触れる。 「寄生型の適合者の欠点といえば、肉体が武器と同調してるから影響を受けやすいってトコロね」 「そーゆーこと♪」 ジャキッと、オペ室には不似合いな音が響き渡る。が目を向けると、いつの間にかコムイが奇妙な装備をして立っていた。 ヘルメット、巨大ドリル―――それは一体何に使うのか、考えただけでも吐き気がする。 「・・・・その装備はなんですか?」 「ん? 修 理 」 とは裏腹に、 現状が理解できず目をぱちくりさせるアレン。はそそくさと耳栓を装着し、しっかりと目を押さえる。 「ちょっとショッキングだから、トラウマになりたくなかったらちゃんみたいに見ない方がいいよ」 ギラリと光るドリルの先。自然と吹き出してくるアレンの冷や汗。 「待っ・・・待って・・・!!」 「 G O ♪ 」 そんな声が最後に聞こえた気がした。 は耳栓を押さえてさらに厳重に耳をふさぎ、僅かに聞こえてくる悲鳴にお祈りした。 *** 耳をふさいでも、目をつぶっても、トラウマになるモノはなると思う。 実際、目の前を行くアレンはフラフラよろよろで、しかも顔は真っ青だ。一方、コムイは全く気にならないタイプだと思う。 「明日まで麻酔で動かないけど、ちゃんと治ったからね♪」 アレンはぐったりしていて、返事もしない。 「まあまあ、副作用はあるけど、寄生型はとってもレアなんだよ〜。イノセンスの力を上手に発揮できる、選ばれた存在なんだ」 「?いのせんす?」 アレンが聞き返す。その時、コムイ、、アレンの乗るエレベーターが動きを止めた。 上前方に光が差し、エクソシスト大元帥の姿が闇に浮かび上がる。 『それは神のイノセンス。全知全能の力なり。 またひとつ・・・我らは神を手に入れた・・・』 「ボクらのボス、大元帥の方々だよ。さあ、 キミの価値をあの方々にお見せするんだ」 ぽかんと彼らを見つめるアレンに、ボソリとコムイが教えてやった。そして、 コムイの細い目がチラリとに合図する。は無言で手すりから外に身を乗り出すと、鈴の音のような声を上げた。 「ヘブラスカー!出てらっしゃい、お仕事よ」 「・・・え?」 アレンが素っ頓狂な声を上げたまさにその瞬間、 エレベーターの下から、何かが這い上がってきた。手のような、何本もの触手のような何かが、アレンの体をからめとる。 ついに、アレンの足が地面から離れた。 「イ・・・イ・・・イノ・・・・・・イノセンス・・・」 ズブリズブリと、触手の先がアレンの手に食い込んだ。突然の怪物の出現に、アレンは驚いて抵抗しようとする。 アレンが本気でイノセンスを発動させようとしたのは、誰の目にも明らかだった。 「ムリムリ。 麻酔で明日まで動かないって言ったでしょ」 「コムイさんッ!!」 怒鳴るアレン。コムイは全く動じないで、 ただ不気味ににこりと微笑んだ。 「君の十字架はとっても素晴らしいよアレン。 どうだいヘブラスカ。この神の使徒は、キミのお気に召すかな?」 「室長、もしやアレンくんて『ココ』のルール知らなかったりするの?」 「 す る 。 」 「えぇっ!?教えてやらなくていいの!?アレンくん怒るんじゃない? 力ある者だし、あまり挑発すると―――」 は心配そうに言ったが、コムイはまったくと言っていいほど気楽そうだ。 「大丈夫大丈夫!どうせ麻酔で動かないからね、まさか無理に発動させたりは―――」 その、まさかだった。 突然、上空でアレンの悲鳴が轟いてきて、二人は驚いて上を見上げた。アレンの左腕が、奇妙なほどに変形している。 一体、今何が起こったのか、二人ともすぐ理解した。 麻酔で神経が麻痺しているのにも関わらず、 アレンがイノセンスを発動させようとしたに違いない。 「アレンくん!!落ち着いて!ヘブラスカは敵じゃないわ!神経が麻痺してるのに、無理にイノセンスを動かしちゃダメ!!」 は手すりに勢いよく飛びついて、上に向かって怒鳴った。ヘブラスカもオロオロ状態で、アレンをなだめようと必死だ。 「落ち着いて・・・私は敵じゃ・・・ない・・・」 「ヘブラスカ!早くシンクロ率を計測してアレンくんを降ろすのよ!」 「あ・・・あぁ・・・・・・」 の金切り声に、ヘブラスカはおずおずと頷いた。 その額にローズクロスが浮かびあがり、ヘブラスカはそれをアレンの額にくっつける。途端、アレンの悲鳴がやんで、 腕の形状が落ち着きだした。 「2%・・・16%・・・・・・30・・・41・・・58・・・78・・・83%!!」 パッと、ヘブラスカがアレンから額を離した。もう、左手のイノセンスはすっかり落ち着いている。 「もう平気だろう・・・。どうやら83%が、今、お前と武器とのシンクロ率の最高値のようだ・・・」 「シンクロ率?」 「対アクマ武器発動の生命線となる数値だ・・・。シンクロ率が低いほど発動は困難となり、適合者も危険になる・・・」 ヘブラスカはぎこちない言葉でそこまで言い終えると、そっとアレンの足を地面につけた。 「脅かすつもりはなかった・・・。私はただ・・・お前のイノセンスに触れ知ろうとしただけだ・・・」 「僕の・・・イノセンスを知る・・・?」 「アレン・ウォーカー・・・お前のイノセンスはいつか黒い未来で偉大な『時の破壊者』 を生むだろう・・・。私にはそう感じられた・・・それが私の能力・・・」 ヘブラスカの予言。 アレンはぽかんとしてヘブラスカを見上げたままだったが、突如その静寂の中にコムイの拍手が割り込んだ。 「すごいじゃないか〜!」 その拍手と言葉で、アレンがコムイの方を振り返った。 「それはきっとキミのことだよ〜!ヘブラスカの『予言』はよく当たるんだから。いや〜、アレン君には期待できそうだね」 「コムイさん・・・・・・」 バキッ。 アレンの拳が飛んだ。 コムイが身代わりに突き出したファイルが、無残なほど変形して煙まで立てている。アレンの右手の拳は、 まだファイルに食い込んだ状態のまま、怒りでブルブルと震えていた。 「・・・・・・一発殴っていいですか・・・?」 「やだな♪もう殴ってるよん。いいパンチだー」 ホラ言わんこっちゃない。ちゃんとヘブラスカのことや、 『教団』のルールを教えずに前に突っ走るからこうなるんだ。ファイルがなかったら、コムイの顔には穴が開いていたところなのに、 全く反省の色が見えないんだから。 「ごめんごめんビックリしたんだね怖かったんだねわかるよ〜。 ヘブ君顔怖いもんね」 「入団するエクソシストには、ヘブラスカにイノセンスを調べてもらうって言うルールがあるのよ」 「 そ う い う こ と は 初 め に 言 っ て く だ さ い よ !! 」 「ホラ、アレンくん怒っちゃったじゃないよ」 は口を尖らせてコムイを睨んだ。アレンは相当ご立腹だ。 「イノセンスって一体何のことですか?」 アレンは腕を組んで、つっけんどんに言った。 コムイとは互いに顔を見合わせて、浅い溜め息を吐く。どうやら、アレンはイノセンスについては詳しく知らないようだ。 あまり、この件に関しての説明は好きではないのに。 それからコムイは手すりに腰掛け、軽く目を閉じた。 「ちゃんと説明するよ。イノセンスはこれから戦いの投じるキミたちエクソシスト達に深く関わるモノだからね」 |