ザワリ、と空気が揺れた。神田との顔に緊迫の表情が浮かぶ。今までになかった悪寒。 恐ろしいほど静まり返っていた村に、気味が悪いざわめきが広がり始めた。近づいてくるのは、いくつもの足音―――。

雑貨店の周りに、ぞくぞくと村人たちが集まってきた。彼らの目は焦点が合っておらず、死んだ魚のようだった。 フラフラと不安定な動きで、まるでゾンビのようだ。軽く五十人は超えている。

「これって、まさか・・・―――」
「・・・・・・村人全員、アクマにしてやがったのか」

身震いしながら発したの言葉を、神田が後を継いだ。 だが、物凄い人数だ。これだけ潜んでいたのに、気配すら感じられなかったとは。アンジェラがにやりと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 そ い つ ら を 殺 せ ! 

アンジェラの声に、村人たちがワッと襲い掛かってくる。と神田は同時に腰を低くし、戦いの態勢に入った。

「おまえは離れていろ!」

ゴズに向かって叫び、神田は六幻を発動させながら地を蹴った。 村人の群れに突っ込むと、が後を追って来た。目の前にいる中年男の腹を切り裂き、そのまま体を回転させて、 右側から襲い掛かってきた若者を斬り捨てる。

『恍輝』とは、どうやら光を操るイノセンスだったようで、 は有効にその力を利用していた。恍輝本体から発せられる力のほとんどが銀に光る刃へ流し込まれ、 美しい剣がイノセンスとして振り回されている。が、およそ三分の一くらいの力は、夜空に浮遊したまま戦場を明るく照らしていた。

光に包まれながら、神田とはどんどん村人を斬り殺していく。

は刃を女の腹に深々と食い込ませると、 その付近に足を突くようにして刃を引き抜いた。そのまま足を上に振り上げ、クルッと後方へ高々と宙返りして背後からの攻撃を避ける。 神田が思ったより、ずっと闘い慣れしていたようだ。

「チッ・・・なんて人数だ―――」

神田は舌打ちした。とあわせてちょうど十体斬り捨てたところだった。

「―――千年伯爵はさぞ忙しかっただろうよ!」
「それしか仕事がないんだから・・・くっ・・・結構楽しんだんじゃ、ないのっ!?」

は言いながら襲ってくる斧の柄を足で受け止め、乱暴に突き放してから男を横に切り裂いた。 飛び出した血が、ビチビチとの顔を打つようにこびり付き、真っ赤に染め上げる。

神田は六幻を握りなおし、背後を振り返った。その目に、なんとあろう事か、ゴズが鉈を手に必死で戦っている姿が映った。

「あの馬鹿ッ・・・・・」

神田が慌てて駆け寄ろうとした時、ゴズの背後で男が武器を振りかざしたのが見えた。



「ゴズ!!」



―――間に合うか!?

叫びながら、地面を蹴って飛び出す。 その怒声に驚いて、ゴズがぽかんとして立ち止まった。振り下ろされる斧が、スローモーションのようにゆっくりと神田の目に映る。 神田はゴズを突き飛ばし、同時に胸の辺りに走る激痛に叫び声をあげた。

「ぐっ!」

肉が裂ける感触。 生温かい血が吹き出した。

「神田くんっ!?」  「うわあああ、神田さん!」

とゴズの悲痛な声が、 見事に重なって聞こえてきた。激痛のせいで、頭までグワングワンする。ただ、は邪魔者を三体貫き、 ゴズは鉈を放り投げ、二人ともが焦って駆け寄ろうとするのははっきりとわかった。

「ゴズ、来るな!!」
「で、でも!そんなに血が!!アクマのウィルスに感染します!」

アクマのウィルスに冒されれば、助かる術はまず無い。 尤も、それは普通の人間であればの話だ。

「俺にはアクマのウィルスは効かない!いいからはなれてろ!」

ゴズが唇を噛みしめ、ゆっくりと頷いた。自分は、ここでは足手まといなのだ。それは、かき消せないし、ごまかすこともできぬ事実。 それを受け止め、自分にできる最大限のことをしなければ―――そう決心したのが見て取れた。

神田はゴズが離れたのを確認してから、後方へ大きく弧を描いて跳んだ。着地した先は、ちょうどの真横だった。 赤茶色の髪の毛から、真っ赤な血がボタボタと滴り落ちている―――返り血だ。

―――人数が多すぎる。キリがないな、これは。

神田はの襟首を引っつかんで、村人から一定の距離をとった。六幻を構えれば、村人たちはどっと押し寄せてくる。



「六幻!災厄招来!!」



―――全員、消し飛べ!



「界蟲『一幻』!!」



神田は、六幻を横一線に大きく振るった。その刀身からあふれ出す界蟲。竜のような頭から村人たちへ突っ込んで、 まるで、飢えた獣のように村人たちを食い破り、なぎ倒していく。あちこちで爆発が起きて、一気に人数が減った。

―――よし、残り数十体!!

!一撃であいつら全員消せるか!?」

痛みに気をとられ、あまり威力が出なかったのが悔しい。神田は、しがみついて界蟲に唖然としているに訊ねかけた。

「―――根性でいけるわよ、あのくらい」

はハッと我に返り、また襲い掛かってくる村人たちを見据えた。 根拠がどうも頼りないが、それでもあのクレイマー元帥の弟子だ。きっといけるに違いない・・・今は信じる以外に何もできない。




「目覚めよ、『神剣』」




の声に返事をするように、恍輝が一段とまばゆい光を放つ。 その光が、銀にきらめく刃へ流し込まれた。




「星屑乱舞、切り刻め!!」




高らかな叫びと共に、は勢いよく刃を振り下ろした。その空気の斬れ目から、まばゆい光がブワッとあふれ出した。 それは四方八方に分散し、空高く舞い上がっていく。思わず見惚れてしまいそうな美しい舞だ。




――――カッ!!――――




空が光った。いや、舞い上がった光たちが、一層威力を増した。 弧を描いたような形の刃が、無数に雨のように降って来る。村人たちを、容赦なく切り刻んでいく。 赤と、色の判別がつかないくらい美しい光が混ざり合い、哀しいほど美麗な舞が繰り広げられた。


星屑乱舞


ヒューヒューと乾いた風が、空虚に流れ込んできた。光が消えた後の戦場跡地は、今まで以上に暗く感じられた。 そこで、アンジェラは腕を組んだままこちらを見つめていた。

「・・・・・・さすがね、エクソシスト。でも私にかなうかしら?」
「ほざけ」

神田は六幻を構えた。その途端、ふうっと体が浮いたような気がした。 気付けば、あたり一面真っ白の世界に放り込まれていた。

―――なんだ、ここは?

突然の異常事態に、さすがに戸惑う。 これがアンジェラの能力か?警戒心を張り詰めた瞬間、白の世界がぐにゃりと歪んだ。 一瞬にして、そこは見慣れた『教団』の自分の部屋へと姿を変えた。そっけない、テーブルとベッドだけの部屋。

―――なんだ?幻覚か?

そう思ったものの、ひやりとした空気、踏みしめる床の硬さ・・・どれもしっかり本物だ。 まさか、アンジェラの能力は『転移』だろうか?神田は慎重に部屋を見回した。異常は何処にも見当たらない。

朝とはなんら変わらず、蓮の花は鮮やかに咲き誇っているし、落ちた花びらも二枚のままだ。神田がホッと一息ついたまさにその瞬間、 ゴボリと羊水が音を立てた。それから、まるで沸騰するかのように無数の泡が浮かび上がってくる。

神田は息もできない感覚に襲われ、ただ黙って蓮の花を見つめた―――花びらの先から黒ずんでいき、力なく朽ちていく。 花びらが一枚剥がれ落ちた瞬間、残りの花びらがバラバラと崩れだした。

―――馬鹿な・・・そんな馬鹿な。

どうしようもない絶望と、背筋が凍りついていくのを感じた。凍り付いて、もう動けなくなってしまいそうなくらい・・・・・

―――――神田さん―――――。

遠く、遥か向こうでゴズの声が聞こえたような気がした。 空耳か?だってここは、俺の部屋だ・・・・・・。



――――― 神 田 く ん ! ! ―――――



金切り声が、神田のいる空間を突き破ったような感じがした。その途端、意識が急にハッキリしてきた。 そうだ、俺はダンケルン村にいて―――。

なるほど、そういうことか。神田は手の中にある六幻の感覚を確かめてから、 一気に空間を薙ぎ払った。その瞬間、アンジェラの鋭い悲鳴が響いた。

「やはり幻覚だったか・・・・・・」

神田は呟き、アンジェラの腕を見た。しっかりと手で押さえつけられた傷口からは、少量の血があふれ出している。 大した傷ではなさそうだが、おそらく、先程六幻を振るった時にかすったのだろう。

「なぜ、バレた!!狂おしいほど望んでいることを目の前にして、なぜそうも冷静でいられる!?」
「おまえの能力は相手の記憶を読み、そして相手の希望や執着しているものを夢として見せて惑わせるものだな」

神田はアンジェラの言葉を無視して言った。その能力を使えば、子供など簡単に誘い出せる。おいしそうなお菓子、おもちゃ――。 貧しい村ではめったに与えられない、そんなものに釣られて子供たちは小屋へと誘われていったのだ。

神田はちらりと、離れた場所で様子を伺ってくるゴズを見た。

―――こいつの場合はステーキか。レベル的には幼児と同じだな。

「狂おしいほど望んでいることか・・・・・・おまえが読めたのは、俺の望みのほんの表層に過ぎない」

―――こいつはわかっていない。あの花の朽ちる意味、そして、俺の真の望みを。

「それに、俺の望みは他人に叶えられるものではない」

が隣で光を放ったのを合図に、神田は地面を蹴った。 と並んで宙で六幻を構える。

―――いつか、『あの人』と再びあいまみめるその日まで。




「六幻、災厄招来!!」

「神剣、恍輝!!」




―――俺はアクマを倒し続ける!




「界蟲『一幻』!!!」

「三日月飛来刃!!!」




放たれた界蟲たちが、唸りを上げてアンジェラに襲い掛かる。 の刀身からは、まばゆい光を放つ、三日月形の巨大な刃が飛び出して、アンジェラの腹を切り裂いた。 ドサリと倒れたアンジェラの体は、上半身と下半身が繋がっていなかった。

「来ないで!!」

戦いを見守っていたゴズが、泣きそうになってアンジェラに駆け寄ろうとした。 そんなゴズを、アンジェラは血を吐き出しながら睨みつけた。ゴズは足を止めて、そこに立ち尽くした。

「私は魔女なの!この村の者全員・・・・・・自分の父すら殺した恐ろしい魔女なのよ!」
「・・・知っています」

ゴズは静かに言い、アンジェラに歩み寄った。かがんで、その手をゆっくりと伸ばす。アンジェラの目から、殺気が消えた。

「私は魔女。・・・・・・誰かの優しい手の中で、死んでいくわけにはいかないのよ」

ゴズの指先がアンジェラの体に触れる寸前に、その体は塵となって消えた。

「あ・・・ああ・・・・・・」

ゴズが地面に手をついた。神田はその様子を見ながら六幻を鞘に収める。も、ゆっくりと恍輝を収めた。

アクマは全て消え去り、村は再び静寂を取り戻す。今までの死闘が嘘のように、月明かりに照らし出された空虚。 魔女を造り出し、そして魔女によって、永遠の眠りについた村。ダンケルン村の最期だった。









(神田視点でお送りいたしました)