司令室に入ると、デスクに突っ伏していびきをかくコムイ・リーの姿が視界に飛び込んできた。 アレン・ウォーカー、神田ユウ、の三人は、それぞれ呆れてガックリと肩を落とした。朝よりもまた少し散らかったような気がする。

「コムイさん・・・・・」
「コムイ・・・・」
「コムイ室長ってば・・・・自分から呼んでおいて・・・・・」

あきれ返る三人を前に、リーバー・ウェンハムはつかつかと歩み寄ってコムイの肩を揺さぶった。

「室長!コムイ室長!」
「んゴー・・・・・・」


起きない。


今度は頭をグーで殴ってみる。―――が。

「んゴー・・・・・・」


起きない。


リーバーは溜め息をひとつつくと、何を思ったかコムイの耳元に顔を近づけた。 まさかそのまま「起きやがれナマケ室長ー!」とか怒鳴ったりするのだろうか。ひょっとしたら、日ごろの鬱憤晴らしにいいかもしれない。

「リナリーちゃんが結婚するってさー」

ボソリ、と呟くリーバー。まさか、そんなんでコムイが起きるとは思えない。 もっと効果的な方法を考えた方がいいんじゃないか、と思考をめぐらせていた、刹那。


 リ ナ リ ィ ィ ー ! ! 


意外にも、効果は抜群だった。

 お 兄 ち ゃ ん に 黙 っ て 結 婚 だ な ん て ヒ ド イ よ ぉ ぉ ー ! ! ! 

「悪いな。このネタでしか起きねェんだこの人」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

ここまでシスコンと来れば、もはや呆れるしかないでしょう。



「ははは。ごめんね、徹夜明けだったもんでね」
「オレもっスけど!」

気を取り直して、コムイは軽やかに笑った。リーバーが不満げに口を尖らせる。

「さて、時間がないので粗筋を聞いたらすぐ出発して。詳しい内容は、今渡す資料を行きながら読むように」

アレンと神田は、パッと顔を見合わせた。「一緒に行けるんですね、嬉しいな」なんてノリではなく、「マジかよ」という雰囲気だ。 でも、三人一緒に司令室に呼ばれた時点で、行動を共にすることになるのはほぼ確定だったろうに。

「三人トリオで行ってもらうよ」


ゲ。


二人は思い切り顔をしかめて、コムイを見た。組み合わせを変えてくれと言いたいのが丸わかりだ。 神田にいたっては顔に青筋まで立てている。はそっぽを向いて溜め息を吐き、リナリーから資料を受け取った。

―――できればわたしも神田くんと一緒の任務は イヤなんだけどな。

「え、何ナニ?もう仲悪くなったのキミら?」
「・・・もしかしなくても、 出会った時から仲悪かったんじゃないかしら?」

がおどおどしながら言うと、コムイは苦笑まじりに言った。

「でも、ワガママは聞かないよ。南イタリアで発見されたイノセンスが、アクマに奪われるかもしれない。早急に敵を破壊し、 イノセンスを保護してくれ」



***



三人は教団の裏口とされる地下通路に辿り着いた。 水路に浮かぶ通行用の小舟は、たぷんたぷんと音を立てながら水の上に浮かんでいる。

「ごめんね、アレンくん。 (室長のせいで)唐突だったから、このサイズしか用意できなかったの・・・多分ちょっとおっきいと思う」

はおずおずと、 アレンのために用意した、新品の団服を手渡した。アレンは袖に手を通してみるが、やはり予想通りサイズがおかしい。

「これ、着なきゃいけないんですか?」
「えぇ。エクソシストの証みたいなものだから・・・それに戦闘用に作ってあるから かなり丈夫なのよ」
「あと、左手の防具はボク的に改良してみました。使いやすいよ」

コムイが得意げに胸を張って会話に入ってきた。そう言われて、アレンは左手を掲げてみる。アレンの真っ赤な左手に、 白い手袋がかぶさっていた。手首にベルトが通っていて、それを外せば簡単に脱げるような仕組みらしい。

もぞもぞ・・・

「!?」

袖の中で何かがうごめいた。一体何かと思えば、 金色のゴーレムがぴょこっと飛び出してきた。ティムキャンピーだ。

「ティムキャンピー!どこ行ってたんだお前!」
「ティムキャンピーには、のティナシャロンと同じように映像記録機能がついていてね。キミの過去を少し見せてもらったよ」

だから徹夜しちゃったんだけど、とコムイは苦笑しながら付け足した。やっぱりコムイはいい人だなーなんて改めて思ってしまう。



のゴーレムって?ひょっとして、ティムキャンピーとそっくりの小さいヤツですか?」



アレンがきょとんと尋ねた。まさにその瞬間、の髪の毛の中からぴょこっと真っ白いゴーレムが姿を現す。小さいので、どこにでも姿を隠せるのだ。

「えぇ、そうよ。わたしが修行時代に、初めて作ったゴーレムなの。わたしの元帥がティムの解剖図を参考に貸してくれてね」
「じゃあ、この子はティムの姉弟みたいなものなんですね。名前はなんていうんですか?」
「ティナシャロンよ。 静止画・動画撮影、録音、再生、印刷、道案内、道順の記録などなど機能盛りだくさん!」

が胸を張ると、アレンは「すごいですね!」と言いながらとてもやさしく微笑んだ。

ちゃんてばすごいでしょ?科学班に携わってる上に、元帥からの勧めでエクソシストのリーダーでもあるんだよ」
「科学班にも入ってるんですか!?それじゃあ疲れないんですか?」

アレンが目を丸くすると、はただ肩をすくめた。コムイが苦笑しながら口を開く。

「こき使ったりはしてないよ。 別に血が繋がってるわけじゃないけど、ここではみんな家族みたいなものだからね。ちゃんのことは大事に思ってるし、もちろん、アレン君のことも大事だよ」




神田が小舟に乗り込んだので、も慌てて後を追った。アレンはまだぽかんと舟の外に立って、コムイを見つめている。 はいつも首にかけている、金色の懐中時計を懐から出してその蓋を開けた。まだ朝なのだが、そろそろ汽車の出る時間だ。

「アレンくん、そろそろ行くわよ。汽車が行っちゃうから・・・」
「あ、はい。すいません」

アレンは慌てて振り返ると、小舟に飛び乗った。舟が小さく揺れて、奇妙な浮遊感に似た感覚が走る。

「行ってらっしゃい」

また声をかけられて、二人は後ろを振り返った。コムイは親指を立てて「幸運を祈るよ」とにこやかに笑っている。 その笑顔に少し勇気付けられ、アレンもも微笑み返した。

「行ってきます」


任務開始


『古代都市マテール』―――。今はもう無人化したこの街に亡霊が棲んでいる。
調査の発端は、地元の農民が語る奇怪伝説だった。
亡霊はかつてのマテールの住民。
町を捨て移住していった仲間達を怨み、その顔は恐ろしく醜やか。
孤独を癒すため、町にいた子供を引きずり込むと云う。



轟音を立てて走っていく汽車。 その遥か上空で、三人はビルからビルへと飛び移りながら汽車を追った。

「あの!」

ビルの屋上フチに手をつきながら、 アレンが声を上げる。その目は片手に持たれた資料に向いている。

「ちょっとひとつわかんないことがあるんですけど・・・」
 そ れ よ り 今 は 汽 車 だ ! 

神田はアレンと並んで跳びながら、遮るように怒鳴った。 その前方を行くひとりのファインダー、さらに前をが飛ぶ。コムイとの話が長引いたおかげで、汽車を一本乗り損ねそうなのだ。 これを乗り損ねればしばらく後はない。

「お急ぎください!汽車が参りました!」

ファインダーが鉄橋の上にしゃがむように着地し、次いでが片足で軽々そうに着地する。 その下を、蒸気を上げながら汽車が通過しようとしていた。

 で ぇ っ ! ? アレに乗るんですか!?」

四人は地面を強く蹴り、走っていく汽車めがけて飛び降りた。風の抵抗の中、前へ前へと体重をかけ、 乾く片目を閉じながら右手を伸ばす。ダンと大きな音をたて、四人同時に汽車の上に着地した。

「 飛 び 乗 り 乗 車 ・ ・ ・ 」
「 飛 び 込 み 乗 車 な ら ぬ 、 ね ・ ・ ・ 」
「 い つ も の こ と で ご ざ い ま す 」

アレンとは冷や汗を垂らしながら言った。 みんなそれぞれのポーズで汽車に這いつくばっている。風の抵抗が物凄い。



「困ります、お客様!」

が天井から着地した時、係員が困惑した表情で声を上げた。のすぐあとからファインダーが飛び降りてきて、 次いで神田が軽々と着地した。

「こちらは上級車両でございまして、一般のお客様は二等車両の方に…てゆうかそんな所から…」

係員が両手を挙げて喚く中、アレンが天井から跳び降りて来た。


「黒の教団です。一室用意してください」

「黒の・・・!?」

ファインダーが軽く頭を下げて言うと、係員は突然表情を一変させ て、目線を神田の左胸に装飾されたローズクロスに滑らせた。

「か、かしこまりました」

係員は深々と頭を下げて、 走り去っていく。

―――わ、すごい。ホンモノ!

ローズクロスを見せればどこにでも入れるとは聞いていたけれど、 実際に使ってみたことがなかった。態度の変わりようがなんとも奇妙で面白いなーなんて思ったり。

「なんです?今の・・・」
「あなた方の胸にあるローズクロスは、ヴァチカンの名においてあらゆる場所の入場が認められているのでございます」
「へぇ・・・」

アレンが目を白黒させてファインダーに尋ねる。ファインダーがバカ丁寧に説明すると、アレンは自分の左胸を見下ろした。

「ところで。私は今回マテールまでお供するファインダーのトマ。ヨロシクお願いします」

トマは、ゆっくりと頭を下げた。



***



「で、さっきの質問なんですけど」

コンパートメントに入り、 改めて資料を広げたアレンが、顔を上げて口を切った。神田とその隣に座るが顔を上げる。

「何でこの奇怪伝説とイノセンスが関係あるんですか?」

アレンの初歩的な質問。まぁ、新米なら誰でも持つような疑問だ。 自身も、修行時代に元帥に聞いたことがある。しかし、相当気が短いのか、神田は「めんどくせ・・・」と眉間にしわをよせた。




チッ。




「 イ ノ セ ン ス っ て の は だ な ・ ・ ・ 」

(舌打ち・・・)
(今『チッ』って舌打ちした・・・)

とアレンは同時に冷や汗を垂らした。 しかも、舌打ちだけではない。神田の周りにはイライラオーラが広がっている。

「ノアの大洪水から現代までの間にさまざまな状態に変化しているケースが多いんだ」

神田が窓枠に肘をかけ、 アレンから目をそらして話し出した。

「初めは地下海底に沈んでたんだろうが…その結晶の不思議な力が導くのか、 人間に発掘され色んな姿形に変化していることがある。そしてそれは必ず奇怪現象を起こすんだよ。なぜだかな」
「じゃあこの“マテールの亡霊”もイノセンスが原因かもしれないってこと?」

アレンが聞き返すと、神田が「ああ」と短く頷いて、話を続けた。

「奇怪のある場所にイノセンスがある。 だから教団はそういう場所を虱潰しに調べて、可能性が高いと判断したら俺達を回すんだ」

神田が資料をパラパラとめくりながら言った。アレンは「ふぅ〜ん」と頷きながら、自分の左手に視線を落とす。

「つまり、そこに在るだけでも影響を及ぼしてしまうほどの強いエネルギーを持ってるのよ。それは適合者が持てば、 対アクマ武器ともなる―――不思議で、恐ろしい結晶だわ」

は背中に背負った長い剣(つるぎ)をチラと見上げた。 『神剣』と名がついた剣の持ち手の十字には、『恍輝(コウキ)』と呼ばれる真っ黒い球型のイノセンスが、加工されていないまま 埋め込まれている。

「でも、イノセンスの存在が奇怪を起こしてるんだとしたら、『マテールの亡霊』って一体何だ・・・?」
「さぁねー。でも、奇怪といっても色んなケースがあるから・・・『魔女の棲む村』なんてのもあったし」

アレンの呟きに答え、 はベルトに引っ掛けた巾着からメガネケースを取り出た。メガネをかけると、資料をパラパラとめくり始めた。 ページいっぱいに細かい文字がぎっしりと並んでいる。

「あら?」

ふと、はある場所に目を留めた。 それは真ん中辺りのページの左端。相変わらず小さな文字の中に、一箇所だけ太字で文字が綴られていたのだ。

「 こ れ は ・ ・ ・ 」

それから引き続き、神田が驚愕する。



「そうでございます」



コンパートメントの外から、トマの声が聞こえてきた。三人は顔を上げて、閉ざされたドアに目を向ける。

「トマも今回の調査の一員でしたので、この目で見ております。『マテールの亡霊』の正体は―――」



緊迫が走るコンパートメントの中で、汽車の揺れる音だけは絶え間なく響いていた。









(マテールの亡霊がリカちゃん人形だったりするといい)