岩と乾燥の中で劣悪な生活をしていたマテールは、『神に見放された土地』と呼ばれていた。
絶望に生きる民達は、それを忘れるため人形を造ったのである。 踊りを舞い、歌を奏でる快楽人形を。 しかし、いつしか人々は人形に飽き、外の世界へ移住。置いていかれた人形は、それでもなお動き続けた。 五百年経った今でも―――・・・ 黒い空に、大きな三日月が浮かんでいる。冷たく乾いた風邪が頬を撫でていく。 三人は、固い岩の上を飛ぶように突き進み、次第に大きくなってくる殺気へと向かっていた。 「マテールの亡霊がただの人形だなんて・・・・・・」 「イノセンスを使って造られたのなら、ありえない話じゃない」 神田は、アレンの呟きに答えるように言った。 は、走り続けるアレンの横顔を見つめた。 納得いかない様子のアレン。冷たい風が、白い髪をなぶる。神田の黒と、アレンの白。奇妙なコントラストが、闇へ向かって疾走した。 古代都市 ―――ゾクッ・・・!!――― 突如、襲い掛かってきた悪寒・・・四人は足を止め、崖下に広がる光景を見下ろした。古く、 朽ち果てた無人の街―――崩れかけている建物が、それを強調しているかのように。 甲高い耳鳴りの音。 ピリピリと僅かに走る鋭い殺気。そして、体を包むのは冷たい感触だった。人の気配はまるでしない。ファインダーの人達は、 どこにいるのだろう・・・? 「ちっ。トマの無線が通じないんで急いでみたが・・・殺られたな」 「・・・・・・・・・・・・」 舌打ちする神田。悪寒に耐え切れず、は腕を抱く。アレンは、 その悲惨な状態に思わず表情をゆがめた。 「おい、お前」 冷たい声が響いた。神田の目は、 アレンを見据えている。 ―――あぁ、もう何を言うつもりなのか読めてきたわ。どうせ、 また『邪魔になったら見殺しにする』つもりなんでしょう。 「始まる前に言っとく。お前が敵に殺されそうになっても、 任務遂行の邪魔だと判断したら俺はお前を見殺しにするぜ!」 ―――ホラね。 「戦争に犠牲は当然だからな。 変な仲間意識持つなよ」 吐き捨てるように言った神田を、アレンは冷たく見つめていた。やがて、視線を廃墟に落として言う。 「嫌な言い方」 ド ン ! ! 突然だった。前方で、 何かが爆発したのだ。地面から爆風が巻き起こり、その周辺がイヤな光で照らし出される。それから立て続けに銃声が響き渡った。 間違いない、アクマのキャノンだ。 ――― 一体、何やってるのかしら・・・? はアクマたちの矛先を見据えた。 アクマ達のキャノンの光に照らされて、何か四角いものが見えた。 結界だ。 おそらく、 結界を狙い撃ちして壊そうとしているのだろう。一体結界の中に何が・・・?もしかして、人形か? 「!あそこ―――」 「えっ?」 アレンに肩をたたかれ、は顔を上げた。アレンのその視線と指先は、まっすぐアクマ達の方へ向いている。 「誰かが何かに捕まって・・・ファインダーの人です!」 「・・・・・・・・・・・・え、」 全く気付かなかった。確かに、アレンの指差す先には、人らしき影が二つ。ひとりは腰に手を当てて仁王立ちになり、 もうひとりはそいつに踏み潰されているのだ。 アレンはすぐさま左手を武器に形成させ、地面を蹴って飛び出した。 も神田も目を丸くする―――敵に一人で突っ込んでいくなんて! 「 ア レ ン く ん ! ! 」 は背中から恍輝を抜き、その後を追おうとした。が、不意にぐいと鞘を引っ張られ、後ろに倒れこんでしまう。 トサ、と温かい感触に体が包まれ、見上げると、神田が目を三角にしてを見下ろしていた。 「ちょっと、放してよ!」 「バカかお前。見てわかんねェのか?あいつはアクマだ・・・それも、ただの雑魚レベルじゃねェ」 「そんなの知らないわよ。 よく見えないもの」 精一杯反抗したつもりだったが、すぐさま言わなきゃよかったと後悔した。 神田の目が一層鋭さを増したような気がしてならない。 ―――ドガ!!――― 「・・・あの馬鹿」 地響きがした。視界の端に、アレンが吹っ飛んで壁に突っ込んでいったのがしっかりと映った。頭の上で、神田がまた小さく舌打ちする。 かと思えば、神田はを脇に抱えて高く跳び上がった。 「あいつ、レベル2よ」 「――ったく、馬鹿が・・・・・・。考えナシに突っ込みやがって」 神田がギリと歯を食いしばると同時に、 下の方で瓦礫が盛り上がった。砂埃を立てながら、大怪我もなくアレンが姿を現す。 「おい、あそこ・・・見えるか?」 「え?どれよ―――」 はイライラしながら神田の示す先を目で追った。雑魚アクマの下に、奇妙にえぐられた址(あと) がある。その下には真四角の結界。しかし、地面にもぐれてしまい、結界のてっぺんしか見ることができない。 「あなたに見えないんだから、わたしにも見えないに決まってるでしょう?何言ってるのよ」 は憎々しげに毒づいた。 神田の視線が、また一段と痛くなる。まるで、何かを諭すように。何なんだ、この男。ここから透視でもしろって言いたいのだろうか? 「あ、」 ふと、あることに気付く。『透視』、そうかその手があったのか。まったく、初めから直球ストレート で頼んでもらいたいものだ。 「 プ ル ー プ テ ィ キ 、透 視 」 目が黒く染まり、恍輝が光った。風が起こり、髪がなびく。周りの世界が、グンと急激に近づいたような気がした。 目の前の建物が、雲の向こうが、全てのものの向こう側が見えてくる。はその目線を址に落とした。 脳に入り込んでくる光景。 「4つの結界装置―――二人の人間が中に入ってる。ちなみにビルの向こうに雑魚がいっぱいいるわよ」 「4つか・・・それではそう長くはもたないな。突入しよう。まずは俺が行く、後ろからついてきて援護しろ」 「わかったわ」 神田は早速六幻を抜きながら言った。引き抜かれた、長い日本刀。その刃は墨を浴びたように真っ黒だ。 「いくぞ、六幻」 神田は黒い刃を見つめながら言う。そして、二本の指を根元にピタリと当てた。バリッと、 そこに電気が走ったように光を帯びる。そのまま刀身を撫で上げ、刃は銀色の鈍い光を放った。 はそれを見届けてから、 恍輝をゆっくり引き抜いた。金属が甲高い音を立て、金の持ち手と銀色の刃が月に光る。 「目覚めよ、神剣」 鍔と持ち手の交わる十字に埋め込まれた、黒い恍輝の玉がまばゆい光を帯びた。グルグルと渦巻きながら切っ先へ光は流れ、 やがて銀色の刃が金の光に包まれる。 「「イノセンス 発動!!」」 ついに、始動だ。 神田が、勢いよく地面を蹴る。夜空を切って、飛び出した。巨大な三日月の前に浮かぶ黒い影。ゆっくりと、六幻を構え彼は叫ぶ。 「 六 幻 災 厄 招 来 ! 」 横一線に六幻を振るえば、界蟲が飛び出す。 「 界 蟲 『 一 幻 』 ! ! 」 牙をむいて、アクマを食い破り、唸りを上げて突き進む界蟲たち。 アクマが次々と爆発していく。その間をぬうように、神田は跳ぶ。神田の『壊(や)り残し』が、耳障りな悲鳴を高々と上げた。 今度はの番だ。同じように地面を蹴ると、向かってくる雑魚アクマ達を足場にして上へ上へと跳び上がって行く。 下へ向かう風が頬を撫でた。アクマ達はを追って上昇してくる。 「 恍 輝 星 屑 乱 舞 ! 」 振り返りもせず、ただただ上だけを見つめて叫んだ。刃を横に振るうと、その斬れ目からあふれ出すまばゆい星屑(ほしくず)。 のさらに上を行き、空で倍増する。 「 切 り 刻 め ! ! 」 剣を下に振り下ろすと同時に、空から弧を描いたような無数の刃が振ってきた。星屑の刃達は、を器用に避けながらアクマを斬り殺し、乱れた舞を披露する。あちこちで爆発が起きて、アクマが壊れていく。 は星屑の乱れ舞う所から飛び出すように脱出すると、そびえ立つビルの外壁に足を突いて蹴り、下へ向かって突き進んだ。 遥か上空で、星屑たちが散るように消えてゆく。 神田は六幻を納め、横たわるファインダーの傍にしゃがみこんだ。 刹那、が神田の隣に着地する。 「・・・ずいぶん早かったな。全部片付けたのか?」 「えぇ・・・なんとか片付けたけど―――足がガタガタで座ってないと倒れそう・・・」 は弱々しくそう言いながらも、早速グラリとよろめいてしまった。神田は溜め息を吐きながらの襟首を掴み、なんとか倒れるのを防いでくれた。 ふと、は足元に目を留めた。アクマに足蹴にされていた、あのファインダーだ。頭からは血が大量に噴き出していて、息も荒い。 力なく、うつ伏せに倒れこんで―――。 「ちょっと・・・?」 軽く揺さぶってみる。その体は、 ゆさゆさとなすがままに揺らされるだけだった。 「ねぇ、ちょっと!返事してよ!」 「よせ。もうコイツは助からねェ」 「そんなことない!ちょっと黙ってて!」 は噛み付くように言い放ち、ファインダーの制服を破りだした。 これで傷を覆って、止血するしかない―――!!これ以上血が流れたら、出血多量で死んでしまう! 「おい、 あのタリズマンの解除コードは何だ?」 「来てくれたのか、エクソシスト・・・・・・」 「!!」 ファインダーが上げた声。弱々しいながらも、まだ生きていることを示していた。 「早くしろ。 おまえたちの死を無駄にしたくないのならな」 神田は冷たく言った。この男、本当に、何もせずに見殺しにする気だ。 まだ、死なない!死なせない! 「は・・・・ "Have a hope" ・・・・・。 "希望を・・・持て"・・・だ・・」 ファインダーが途切れ途切れに言った。呼吸が徐々に小さくなっていくのがわかる。 「まだ死なないで!」そういいながら、はファインダーのフードをめくり、思わず息を呑んだ。 「わかったろ。もうコイツは助からないんだ。わかったらさっさと行くぞ」 今度こそ、は小さく頷いた。 無残すぎる傷を、もう一度フードで覆い隠す。ゆっくりと胸の前で十字を切ると、は頭を下げてそこを退いた。 神田はクレーターにひょいと飛び込むと、タリズマンに解除コードを素早く入力した。あっけなく解けた結界。 中に入っていたうちの一人は、少女であると見て取れた。不安げに神田を見つめ、その手はもう一人のローブを掴んで放さない。 「来い」 神田は手を広げ、無愛想に言った。そして、二人を両腕に抱きかかえると、地を蹴って跳び上がった。 は慌てて後を追う。 「俺はコイツを運ぶ。お前はこっちのチビを運べ」 神田はビル上の安定した足場に着くと、 後を追ってきたに女の子の方を押し付けてきた。は少女をそっと受け取り、両手でしっかり抱きかかえる。 「そっちは後で捕まえるからいいもん!!」 背後から飛んで来た、アクマの声。振り返れば、 アレンはまだアクマ相手に手こずっている。とにかく、アクマを破壊しないと。 「アレンくん!待ってて、今すぐ援護を―――」 「助けないぜ。感情で動いたお前が悪いんだからな。一人で何とかしな」 の言葉を遮るように、神田が言い放つ。 信じられない。また仲間を見捨てるつもりなのか。がキッと睨みつけたが神田は怯みもしなかった。 「いいよ、も。置いてって」 アレンが声を上げた。いつの間にかアレンの肩に止まっていたティナシャロンが、 のほうへ飛んで来る。 「イノセンスがキミらの元にあるなら安心です。僕はこのアクマを破壊してから行きます」 「だけど、アレンくん―――・・・」 「アイツ自身が行けって言ってんだ。行くぞ。 それともイノセンスをアクマに渡すつもりなのか」 「でも・・・・・・!!」 はまだ未練がましく声を上げた。ティナシャロンがの団服の袖をくわえて、早く行くように促している。 「行くぞ!」 神田が怒鳴った。もはや、これ以上モタモタしていれば置いていかれるに違いない。は大きく頷き、 腰の巾着から小さな包みを取り出した。黒い布に包まれた そ れ は、僅かな光を放っている。 「アレンくん!これ・・・!!」 は力の限りそれを投げつけた。アレンは右手で軽々と受け取り、包みを見やる。 「ヤバくなったら敵に―――・・・多分、助けになると思うから!」 「ありがとうございます。ほら、早く行ってください」 アレンはにっこりと微笑んで手を振った。は力なく頷くと神田に合図し、二人一緒に地を蹴った。冷たい風が髪をなぶる。 |