「ど・・・どうしよう・・・・・・」

アレンは狭い通路を這うように進みながら、弱々しい声を上げた。あちこちに蜘蛛が巣を張り、通路の内壁は亀裂が入っている。 複雑な道順に、彼が迷わないはずもなく。

「迷った・・・・・・」

ただ、息を切らして涙を流すしかなかった。

「あ゛あ゛あ゛っ!むやみやたらに動くんじゃなかった!ここすごい迷路だよっ!こんなトコで迷子になってる場合じゃないのに〜!」

パニックになって髪の毛を引っ掻き回していると、ゴト、という音がして、袖から何かが落下した。黒い布に包まれたそれは、 ゴロゴロと地面を転がる。

「あれ、これ・・・にもらった『玉』だ―――」


―――ヤバくなったら敵に・・・多分、助けになると思うから!


の、今にも泣きそうな顔がフラッシュバック する。なんかのアイテムらしいが、黒い布をグルグル巻きにされたそれは、見た限りかなり怪しい。

「・・・?一体何なんだろう、これ」

アレンはそっと玉を拾い上げ、布をめくってみた。中に入っていたのは、光るガラス玉。キラキラと、それは美しく光を放ち、 神秘的な水晶玉みたいだ。一体、これがなんの役に立つんだろう?

「・・・いや、綺麗なんだけど・・・どうやって使うんだろう?」

きょとんと首をかしげた時、アレンの白髪の中から、ぴょこっと白銀の小さなゴーレムが姿を現した。


ティナシャロンだった。

についていったはずの。


「えっ!?ティナシャロン!?お前いったい何時の間にここにっ!?」

パタパタと羽根を羽ばたかせ、クルリと背を向けるティナシャロン。その尻尾が、どう見ても「ついて来い」と言っているとしか 思えないような動きをした。

「あ・・・そういえば、道案内機能がついてるってが言ってたっけ・・・」

なんて役立つゴーレムだ。ていうか、初めからいたんなら、もっと早く出てきて欲しいものだ。


アクマの罠


目を見開いたまま、 はその場に張り付いたように動けなくなってしまった。あいつは、アレンを破ってきたアクマだ。 エクソシストを一人殺ったかもしれない、強敵だ。

―――怖い、怖い、怖い・・・!!

息を呑むような悲鳴をヒィヒィと あげていると、神田はを突き飛ばすようにして前に進み出た。ギラリと、銀の刀身が鞘から覗く。 神田の鋭い目がアクマを見据えた。

「どうやら、とんだ馬鹿のようだな」

神田が六幻を構える。そこから、 神田の殺気が放たれた。左右逆のアレンの目は、大きく見開かれている。その口から、弱々しい掠れ声が漏れた。

「カ・・・ン・・・ダ、ド・・・ノ・・・」

カラカラと掠れた声―――聞き覚えのある声だった。アレンのではない、もっと つい最近聞いた声だ。



 災 厄 招 来 ! ! 



神田が叫んだ。六幻を、横一線に振るう。 界蟲たちがうなりを上げて、左右逆のアレンに襲い掛かった。


 無 に 還 れ ! ! 


何匹もの界蟲。牙をむき、食いかかろうとしている。左右逆のアレンの瞳に、うっすらと浮かぶ涙。



ド ン  ! ! !



けたたましい爆音が巻き起こった。ジュウジュウと、何かが焦げたような音がする。 どす黒い煙がそこら中に漂い、ぼやけた視界の先に何かがうっすらと浮かび上がった。

アレンの、左手の対アクマ武器だった。

「「!?」」

神田もも、驚きを隠せなかった。石壁の穴からひょっこりと顔を出しているアレン。 その左手が、左右逆のアレンを庇って界蟲たちを受け止めていたのだ。界蟲たちはもはや跡形もない。

「ウォ・・・ウォーカー殿・・・」

左右逆のアレンは、うっすらと開いた瞼の間からアレンの姿を見据えた。 その体が大きくふらつき、ついには後ろへ倒れこむ。

「キミは・・・?」

アレンは、彼を見下ろしながら小さな声で言った。


 モ ヤ シ ! ! 


神田の怒声。アレンは暗い面持ちで顔を上げ、こちらを向く。

「神田・・・」
「どういうつもりだ、テメェ・・・! な ん で ア ク マ を 庇 い や が っ た ! 

神田が鬼のような形相で吠える。はその背後に身を隠したまま、怯えた目つきでアレンを見つめていた。 なぜ、アレンはアクマを庇ったのだろう?ひょっとして、これも偽者なのか・・・?

アレンは少し戸惑ったように視線を泳がせた。やがて、左右逆のアレンに近づいて、彼にそっと手を伸ばした。

「・・・神田、。僕にはアクマを見分けられる『目』があるんです―――この人はアクマじゃない!」

アレンの言葉がやたらと響いたような気がする。辺りに広がる沈黙、頭の中に渦巻く不安。そんな中、偽アレンがまた声を上げた。


・・・殿・・・・・・」


思考回路が、突然猛スピードで動き出した。この声、この口調・・・。 つい最近聞いたばかりの声だ。そう、これは―――。



―――神田殿、殿。



ゆっくりと、後ろを振り返る。目を恐怖に見開いて、手はガタガタと震わせながら。しかし、 視界にしっかりと捉えたのは・・・。



「・・・・・・っ、 ト マ ・ ・ ・ ! ――――」



「何っ―――?」

の金切り声に、神田が声を上げる。その直後、アレンの叫び声が飛んで来た。


 そ っ ち の ト マ が ア ク マ だ 、 神 田 ァ ! ! 


突如、大きく広がった殺気。 振り返ったとき、巨大な拳がすぐ横を通り過ぎていったのが見えた。それに伴って、黒い何かが吹っ飛んでくる。思わずは 顔を伏せ、頭を腕で庇い、防御態勢をとって横っ飛びに避けた。

「きゃあっ!!」
「あっ、!!」

悲鳴を上げながらごろごろと地面を転がり、はなんとかアクマの攻撃を逃れた。アレンの声と共に、足元に何かが突き刺さる。 六幻だった。発動が止まり、刃がどんどん黒ずんでゆく。






―――六幻・・・?


体中にゾッと悪寒が走った。神田の姿が見えない。視界には、アレン以外の誰も見えない。


―――神田くんは、どこ?





 カ っ ・ ・ ・ 神 田 ! ! ! 



痛烈なアレンの叫び声が、 妙にビンビンと鼓膜を振動させた。恐る恐る視線を横にやる。そして、息を呑んだ。壁には、巨大な亀裂。そして、穴。 アクマの高笑いが、穴の向こうから轟いてくる。


 神 田 く ん ! ! 


はまた金切り声をあげた。地面に突き刺さった六幻を引き抜き、よろけながらも駆け出す。



***



「テメェ・・・いつの間に・・・っ」

神田は壁に押し付けられたまま呻いた。高い位置で結われた長い黒髪は、先程の衝撃で ほどけてしまっている。硬い石壁にたたきつけられ、体中がボロボロだった。

「へへへ、お前達と合流した時からだよ! 黄色いゴーレムを潰した時、一緒にあのトマって奴も見つけたんだ」

アクマが笑いながら答えた。そして、 すっと人差し指を立てる。

「こいつの『姿』なら写してもバレないと思ってさあ。ほら、お前も左右逆なの気にしてただろ?」

アクマの長く鋭い爪が、その額につきたてられた。ピリ、と皮が裂ける。その影から、また別色の肌がのぞかせた。

「白髪の奴の『姿』をアイツに被した・・・へへへ。私は賢いんだ。私の皮は写し紙・・・まんまと殺られたな、お前」

アクマがトマの『姿』を脱ぎ捨てた。そこに現れたのは、一体のアクマ。ギョロついた目、だらりと垂れ下がる舌・・・一番初めに会った、 あのピエロのようなアクマだった。



「・・・はっ!」



神田は嘲笑した。それが、絶体絶命の危機に 陥った自分の、敵に対する反抗。直後、またしてもけたたましい音が鳴り渡り、今度は確実に血が飛んだ。痛みに表情をゆがめる神田。 それでも、痛みが和らぐはずもなく。

意識が朦朧とする。体がグラつく。倒れ掛かった体を、無理に足を突いて踏みとどまった。


「アレ?」


アクマの素っ頓狂な声。

「死ねよ!」

ゴッという音がして、アクマの拳が 神田を直撃した。それでも、神田は倒れない。ゆっくりと顔を上げ、まっすぐ立とうと踏んばっていた。

「死ぬかよ・・・」

ボタボタボタ、と血が地面を打つようにこぼれ落ちる。

「俺は・・・あの人を見つけるまで死ぬワケにはいかねェんだよ」


そう言い残し、神田は意識を手放した。立ったまま動かなくなった彼を指差し、アクマは狂ったように笑い声を上げる。

「ギャヒャヒャヒャヒャ!すげー、立ちながら死んだぞ!!」



「神田・・・くん・・・?」

か細い声しか出なかった。神田が、とても仲がいいとは言えないけれど、自分の仲間が、殺られた。血をボタボタと垂らしながら、 動かない。名前も呼んでも、指先一つ動きやしない。

突然、凍り付いていたからだがカッと熱くなった。 はらわたがグラグラと煮えくり返る。六幻を握り締めていた右手に、ギリギリと力がこめられた。噛みしめた唇から血が流れる。

―――許せない。


 お ま え ぇ え え ぇ ぇ え ぇ え ! ! 


目にも留まらぬ早業で、は背中から恍輝を抜き、三日月飛来刃を飛ばしてやった。まばゆい光の大きな刃が、アクマの腹を切り裂く。 アクマの上半身が勢いに乗って吹っ飛んでいったが、それでも怒りは治まらなかった。

は肩で息をしながら、 いつものおどおどした表情からは想像もつかないくらい鋭い視線を、そっと動かした。神田の肩が、小さく上下している。 かすかに聞こえる、呼吸の音。

―――生きてる?

「神田くん!?」

は恍輝を収めて駆け寄った。 グラリとふらつく、神田の体。抱きしめるように受け止めると、重さに耐え切れずは膝をガクリとついた。 長い黒髪が、紅い血が、の顔にかかる。

「ちくしょー何すんだお前・・・ボディが半分になっちまった!」
「!!」

瓦礫の奥から、アクマが這い登ってきた。その目は恨めしそうに、をまっすぐと見据えている。 まずい、と直感した。こいつ、きっと襲い掛かってくるつもりだ。神田を巻き込むことはできない。

「アレンくん!!」

は力の限り叫んだ。

「はい!?」
「神田くんとトマさんを連れて、できるだけ遠くに逃げて!」
「はい・・・でも、は?」

アレンがおずおずと聞き返しながら、神田をから受け取った。傷に触ったのか、 小さくうめく声が聞こえた気がした。


「・・・すぐあとを追う。できればあいつを壊してからね・・・おねがい、二人を絶対 死なせないで」


がすがる思いで言うと、アレンはしっかりした声で「はい」と言った。 パタパタとどこからかティナシャロンが飛んできて、の肩に留まった。アレンが駆け出す。

「もし、 わたしがダメだったら・・・もし、アクマが追いかけてきたら」

は、その後ろ姿に声をかけた。

「・・・あの時渡した玉を!あれ、恍輝でつくった手榴弾(しゅりゅうだん)なの!」

アレンが返事の変わりに片手を挙げた。 角を曲がって姿が見えなくなると、はゆっくりと後ろを振り返った。血走ったアクマの目が、自分をまっすぐ見下ろしている。









(がんばれ魔女っ子!)