「はぁ・・・はぁ・・・」 アレンは息を切らせながら、ただ前へ続く道を歩き続けた。これがどこに行き着くのかなんて知らない。 でも、アクマからどんどん遠ざかっているというのは明らかだ。 バ ー ン ! ! 凄まじい爆音に、アレンは思わず飛び上がってしまった。カッと空が明るい。が攻撃を打ったのか。 「殿は大丈夫でしょうか・・・」 「・・・トマ、目が覚めたんですか?」 ボソリと声を上げたトマ。 今までずっと気を失っていたのだが、いつの間にか目が覚めたらしい。息を切らして歩き続けるアレンの背中で、 トマはモゾモゾと身動きした。 「ウォーカー殿・・・私は置いて行って下さい。貴方も怪我を負っているのでしょう・・・」 「なんてこと無いですよ!」 アレンはへらりと笑って首を振ったが、未だ血が止まらない傷口がズキズキと痛い。それでも、 トマをおいていくことはできない。 「でも、やっぱりが心配ですね・・・。ちょっと頼りないって言うか・・・」 アレンはモゴモゴと口ごもった。今までのの言動や行動や表情すべてから、彼女がどれだけ怖がりなのかが想像つく。 二人はそれから押し黙ってしまった。仲間として、このまま道を引き返すべきだろうか?それとも、彼女の希望通り逃げるか? 「・・・あいつなら心配はいらねェ」 ずっと黙っていた神田が声を上げた。まだ息は荒く、血も止まっていない。それでも、 喋れるくらいには何とか回復したようだ。 「どういうことですか?」 「あいつのイノセンス・・・知ってるか?」 アレンが聞き返すと、神田はかなり掠れた声で言った。アレンは足を止めた。また、背後で爆音が鳴り響く。 「あれは『恍輝』・・・俺も詳しくは知らねェが・・・教団で把握してる限りでは最強のイノセンスらしい。黒曜石のイノセンスが、 『神剣』と呼ばれる黄金の剣を使い、光の刃で攻撃する・・・。その刃は色んな敵に通用する上、光速を誇る・・・」 意外だった。 自分よりも小柄な、あんなただの女の子が、最強のイノセンス適合者? 「まあ、今のところ最強なのはイノセンスだけだろうな。 使い手は全くの素人だ」 神田がボソッと付け足した。アレンの目が、神田の血だらけの顔を見据えた。 「あのガキ、戦いなれてる割にはイノセンスの力を充分に引き出せてねェからな。もしアイツが負けるとしたら、 それは本当にイノセンス(武器)を使って闘おうとしなかったからだ」 神田はそこで言葉を切り、息を整えた。 ゼェゼェと苦しそうな呼吸。瞼も重そうだ。 「それって・・・どういう意味ですか?」 アレンは静かに訊ねた。 神田の視線がまたアレンに向く。神田は一呼吸おいてから、ゆっくりと口を開いた。 「 ア イ ツ は ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」 怖がり 光を帯びる銀の剣。赤い髪を揺らし、は緑色の瞳でアクマを睨みつけた。灰色の硬い肌は、恍輝の刃を通さない。 ―――石に化けやがったわね、こいつ。 イノセンスの力を強めてしまえば、こんな奴意図も簡単に切り裂けるのだが。 あいにく、にはそんな力が残っていない。おまけに、前回の任務で怪我した左手が疼く。やはり、 安静にしていなかったからだろうか。 「ヒャハハハハハ!!」 アクマは狂ったような笑い声を上げながら武器を突き放し、 両者が後ろへ飛んだ。ザッ、と地面をこする音が鳴り、砂煙が上がる。は恍輝を両手で握りなおしたが、左手には全くと言ってい いほど力が入らなかった。 ―――やっぱまずいわね。左手の骨がボロボロ・・・。 右手だけで、これだけ長い剣を振るの は難しい。あまつさえ、金や銀の装飾のせいでずっしりと重たいのだ。とは言え、この剣が一番うまく光を這わせてくれるから戦いやすい のだが。 「スキあり!!」 迂闊だった。敵の目前で別のことを考えるだなんて。 いつも元帥が教えてくれていたじゃない。闘う時は、頭を空っぽにしろって。 でも、今からどんなに後悔したってもう遅い。目の前にはアクマの血走った目。 もう逃げられない、避けられない・・・は硬く目を閉じた。これで終わりだ。 そう諦めかけた時だった――― 「・・・ッ!!」 飛び込んできた叫び声。 目を開けると、遥か上空からこちらへ向かって突っ込んでくる、黒い影が見えた。真っ赤な腕をまっすぐと伸ばし、 に向かって。 「 ア レ ン く ん っ ! ! 」 も手を伸ばした。 二人の手が、しっかりと繋がった。アレンは一度着地してから、方向転換して跳び上がる。アクマが、二人のあとを追いかけて来た。 血走った、殺意でギラギラと光る目。 「くそっ・・・!!」 アレンは表情をゆがめて悪態をついた。 がしがみついている彼の腕からは、真っ赤な鮮血がじわじわとあふれ出している。の左手の方も重症だ。 手首は無残なくらいに腫れ上がり、もはや感覚がないほどだ。今は一時退避するほかない。 アレンはポケットから何かを取り出して放り投げた。光を放つ、丸い玉だった。アクマの背中にぶち当たると共に、ガラス玉が爆発する。 まばゆい光とともに巻き起こる爆音。その爆風にあおられながら、彼は飛び散る瓦礫をかいくぐってまた高く飛び上がった。 「くっそー、逃げられた!!」 二人が去っていった後、瓦礫の中からアクマが這い出してきた。体はボロボロで、 あちこちに黒く焦げたあとが残っている。 「あいつらどこいった!?」 憎々しげにアクマが唸り、 その場の煙たい空気が震えた。 *** 二人は息を切らしながら走った。あれだけの爆撃で、 どれだけアクマを引き止めておけるかはわからない。まだ追いかけてきてはいないだろうかと、二人とも交互に後ろを振り返った。 「怪我はないですか?」 「えぇ、大丈夫―――えーっと、その、昨日の怪我がちょっと悪化したくらい・・・」 は首を振ってから、おどおどと付け足した。左手はもう麻痺していて、そんなに強く捻ってしまったのか。 「そんなことより、アレンくん・・・神田くんとトマさんは?」 「少し先で待機してます」 アレンが答えた。 隣を走る彼の横顔はボロボロで、疲れているのにも関わらず自分を助けに来てくれたのが、嬉しかった。それなのに自分は、 いつもどおり弱虫で使い物にならなくて、何だかとても申し訳なかった。 「?どうかしたんですか?」 声をかけられ、はハッと顔を上げた。自分でも気付かないうちに、俯いてしまっていたらしい。 「ううん、ただ、 その・・・えーっと、ありがとう」 はおどおどしながら呟いた。一瞬面食らったような顔をしていたアレンだが、 すぐにパッと笑顔になる。 「どういたしまして。思ったより元気で良かったです」 「・・・うん、ありがとう」 はもう一度繰り返した。さっきよりも言葉はくぐもっていて、自分はこんなにも照れ屋だったかと疑ってしまうくらいだった。 一方アレンはにこにこしていて、の事を全然、これっぽっちも怒っていないようだ。 「だけど、ごめんなさい」 が言うと、アレンは「何がですか」と首をかしげた。 「だって、大して強くないくせに感情だけで動いて・・・。 それでアレンくんにも迷惑かけて、なんか、ごめんなさい。わたしのせいで・・・本当は責任者であるわたしが護ってあげるべきなのに」 自然と表情は暗くなっていく。そんなの言葉を聞きながら、アレンはぶんぶんと首を振った。 「そんな事気にしないで下さいよ、はちょっとビクビクしすぎです。みんながみんなキミを責めるワケじゃないんですから」 「えっ?」 アレンの言葉に驚いて、素っ頓狂な声を上げてしまった。 「ちょっと失敗したって、それなりに少し反省して ちゃんと頑張ればいいじゃないですか。感情だけで動いたから『ゴメン』だなんて。それじゃあ僕、ずっと謝りっぱなしじゃなきゃ いけないじゃないですか。僕は感情で動く人間の見本ですよ」 面食らってしまった。何と言えばいいのかわからず、 とりあえずまたビクビクしながら謝ってしまう。 「え・・・その、ご、ごめんなさい・・・・・・」 「だからそうやってすぐ謝らなくていいんですよ。たまには自分の罪を他人に擦り付けるくらいの勢いで行かないと」 「えっ、えぇ!?」 まさかそんなこと言われるとは思わず、は目を丸くした。今までずっと、何かあったらすぐ頭を 下げて来たから、突然そんなこと言われても困惑してしまう。 ―――でも、ちょっとビクビクしすぎかも。 ふと、神田を思い浮かべてみる。彼が謝っている所なんて、一回くらいしか見ていない。リナリーやコムイ、アレンやトマ・・・。 誰を思い浮かべてみても、自分ほどペコペコ謝る人間なんていない。 頭の中で考えを巡らせていると、 前方に座り込む神田とトマの姿が見えてきた。 |