神田とトマはまだぐったりしていた。神田の傷口からは、
まだ血が止まらない。石の地面はすっかり赤く染まり、もうこれ以上出血したら出血多量で死んでしまうんじゃないかと不安になってしまった。
「どこか手当てできる場所を探さないと・・・」 は神田を背負いながら呻いた。神田は細身なので意外に軽い。 「くそ・・・ここが一体どこなのかサッパリわからない―――」 「そうね。どこに行きたいのかハッキリしてないと ティナシャロンも使えないから・・・ごめん、その、役立たずで・・・・・・」 アレンの悪態に怯えて謝ると、 彼の厳しい視線が飛んできた。 「嘘、えっと、だからその・・・」 が慌てふためいて訂正しようとしたが、 なんと言えばいいのか思い浮かばない。情けなく口ごもっていると、アレンが何かに気付いて顔を上げた。 「・・・・・・歌・・・?」 「え?歌って何―――」 は首をかしげて訊ねかけて、口を閉ざした。 僅かに聞こえてくる、美しい歌声。酷く美しい旋律の、造花の子守唄だった。 人形劇 たちは、声のするほうに向かって 歩き出した。疲労と痛みで頭がガンガンする。足が鉛のように重く、歩くのも難しいくらいだ。それでも、自分達が進む方から聴こえる声 は、どんどん大きくなってくる。 その声はとても美しく、羨ましいくらいだった。歌は有名な子守唄なのに、 声が綺麗だからかもっと上質なものに思える。声に自分達の足音が重なってしまうのが勿体無い。 歩き続けているうちに、 プツリと歌声が途切れた。 それは、ちょうど達が広場へ出たところで、倒れかけた柱の向こうには二人の人影が 見受けられる。一人はグゾルで、もう一人は小柄な女の子だった。髪の色から予測するに、ララだろうか? 「泣いているのか・・・ララ?」 グゾルの問いに驚いて、ララは目を見開いた。 「ヘンなこと訊くんだね、グゾル」 「何か・・・悲しんでいるように聴こえた・・・」 グゾルがかすれた声で言う。ララは悲しげに微笑み、 グゾルの方に身を乗り出して言った。 「 私 は 人 形 だ よ ・ ・ ・ ? 」 ララの衝撃的な言葉。 アレンとは互いの顔を見合わせた。人形は、グゾルではなくララの方だったのか。『醜い亡霊』という噂は嘘だったのだろうか? でも、なぜグゾルはそんな事を偽ったのだろう。 「グゾル。どうして自分が人形だなんて嘘ついたの?」 ララの問いかけで、グゾルが押し黙った。ここからでは光の関係でグゾルの顔に影がかかってしまうので、その表情は読み取れない。 それでも、ララが彼の顔を見て驚いたのだけは見て取れた。 「私はとても・・・醜い人間だよ―――ララを他人に壊されたく なかった・・・」 グゾルが言った。その声は、悲しみに押しつぶされたようにかすれていて。今にも死んでしまいそうに弱々しく、 聞いているだけでも泣きたくなるくらいの、切ない言葉。 「ララ・・・ずっとそばにいてくれ―――そして私が死ぬとき、 私の手でお前を壊させてくれ・・・」 短い沈黙が流れた。そんな中、ララはそっと白い手をグゾルの方へ伸ばす。 そしてララは、長い髪の毛をふわりとなびかせながら、グゾルにギュッと抱きついた。その顔は幸せそうに微笑んでいて。 「はい、グゾル―――」 ララの澄んだ綺麗な声が、乾燥の地に鈴の音のように響き渡った。 「―――ララはグゾルだけの お人形だもの・・・次は何のお歌がいい?」 グゾルの頬を、きらりと何か光るものが伝った。 「私は醜い・・・醜い・・・人間・・・だ」 途切れ途切れのグゾルの言葉。それが何だか悲しくて、見ているだけでも、辛くなる。 だって、もしも彼女が人形ならば―――わたしたちはララを壊さなきゃならない。それが任務なのだ。 「 ! ! ! 」 突然、向こうがこちらの存在に気付いた。ララはグゾルから離れると、勢いよくこちらを振り返る。 「あ、ごめんなさい。立ち聞きするつもりは無かったんですけど・・・」 慌てて言い訳するアレン。しかし、ララの視線が鋭い。 まるで、視線だけで二人とも射殺せそうな勢いだ。 「・・・キミが人形だったんですね」 もはや、ララは容赦しなかった。倒れていた石柱に指を食い込ませ、高々と持ち上げる。こびり付いていた砂が、音を立てて滑り落ち、 立ち上がったララの姿をカーテンのように隠す。 それでも、アレンとが顔を引きつらせるには充分だった。 「う・・・あのか細い腕のどこにあんな怪力を・・・!?」 「あぁ・・・嘘でしょう!?やだ、も〜・・・・・・」 ララの目がぎらりと光った。文句をたれる二人に構わず、巨大な石柱を力の限り投げつけてくる。物凄い迫力で突っ込んでくる石柱。 二人はそれぞれ怪我人を担いだまま、逆の方向に飛んで避けた。 「 ど わ た っ ! ? 」 「 や ー っ ! ! 」 響き渡る奇声と、空気を震わせる爆音。着地しながら振り向くと、また石柱を持ち上げる ララの姿が見えた。 「ままま待って待って!!落ち着いて話しま・・・ わ っ ! ! ! 」 アレンは焦りながらも口を開くが、ララの攻撃は止まらない。アレンの言葉も、途中から悲鳴に変わってしまう。そして、 ララが再度石柱に手をかけた。どうやら聞いてくれそうに無い。 「!」 アレンが声を上げながら駆け寄ってきた。 「、トマを頼みます!」 「えっ!?ちょっ―――」 ぐったりとしているトマを半ば押し付けるように手渡し、 アレンはララのほうへ飛び出した。口に挟んで左手の手袋を外し、イノセンスを発動させる。黒い十字架が光った。 アレンは、自分に向かって飛んできた柱をかがんで避け、左手の指を食い込ませるようにして柱をキャッチした。ララが驚いて目を見張る と、アレンは得意そうにニッと口の端を吊り上げる。 「それっ!!」 アレンの掛け声と共に、ギュンギュンと音を立てて 石柱が飛んだ。今度はアレンからララに向かって。ララは、次に襲い掛かってくるであろう衝撃に、頭を抱えてギュッと目をつぶった。 ガ ガ ガ ガ ガ ガ ! ! けたたましい破壊音・・・それに耐え切れず、も顔を伏せた。 まさか、アレンはララを破壊してしまったのだろうか?脳内をよぎった、嫌な予感。恐る恐る顔を上げると、そこには予想外の光景が 広がっていた。 「あ・・・石柱が―――」 アレンの投げた石柱が、ララの背後の石柱を一本残らずへし折り、 彼のところへ戻っていく。空気を切り、スピンしながら、勢いよく。アレンは左手でそれをキャッチすると、抱きかかえたままララの ほうへ一歩踏み出した。 「もう投げるものは無いですよ」 へにゃり、と和らぐアレンの表情。 「お願いです。 何か事情があるなら教えてください―――可愛いコ相手に闘えませんよ」 ララは唖然とアレンの顔を見上げていた。 アレンは優しく微笑んでいて、ララから心臓を取ったりしない、と顔に表している。それでも、ララはまだ困惑した様子で、戸惑った視線 をのほうに滑らせてきた。 「わ、わたしもっ、そのっ・・・あなたには手を出さないから・・・っ!だから・・・ 大丈夫・・・」 慌てておどおどしながら首を振ると、ララはやっと安心したようで。足の力を抜き、ガクリとそこに膝をつく。 「・・・グゾルは、もうじき死んでしまうの」 ポソリと、弱々しい声でララは言った。少し離れた所で、石柱にもたれ グゾルは肩で息をしている。 「それまで私を彼から離さないで!この心臓はあなたたちにあげていいから・・・!」 ララの声は、空っぽなその空間にむなしい響きで轟いた。 *** 同時刻、イタリアから遠く離れた、 英国の土地。 一人の少女が、何かから逃げまわっていた。息も切れ切れだが、それでも彼女は走るのをやめない。肌は擦り切れ、 血がにじんでいる。服もボロボロで、顔は涙でぐちゃぐちゃだった。 少女は道の角を曲がり、そして壁にぶち当たった。 行き止まり―――もう逃げられない。突きつけられたその現実に、彼女は悲鳴にならない声を上げる。奇妙な足音が近づいてくる。 少女は、壁に背中を向けて振り返った。 角から現れたのは、一体のアクマだった。 奇妙奇天烈なその姿に、 少女は怯えきって腰を抜かしてしまう。狂ったような血走った目が少女を見据えた時、また別の影が空に差した。 黒いコートをなびかせた、茶色い髪の男。 手には長い死神鎌が、月の光を受けて銀にきらめいている。刃の根元にぶら下がる、 頭蓋骨のアクセサリ。 アクマはその存在に気付かず、少女に向かって腕を振り上げている。しかし、少女だけは、 アクマの頭上に振り下ろされる鎌に釘付けになっていた。鋭い刃の先が、物凄いスピードで肉を切り裂き―――。 「 き ゃ あ あ あ あ あ ぁ ぁ ぁ あ あ ぁ あ ぁ ! ! 」 アクマの破壊による爆発音。 少女の恐怖心による悲鳴。自分の横をすり抜けて駆けて行く少女を横目に、少年は顔にこびり付いた血をぬぐった。 「すんげー悲鳴・・・」 溜め息と共にこぼれた言葉。それは、再び静まり返った夜空の下に良く響き渡った。 |