「何故?」


零れ落ちた自分の声は、 恐ろしいほど冷たいものだった。周りの目が一気にこちらを向き、中でも神田の視線は突き刺さるのではないかと思うほど鋭かった。

 俺 た ち は 何 の 為 に こ こ へ 来 た ! ? 

神田が怒鳴った。 ビンビンと空気が振動しているのがわかる。そして、の頭の中もカッカしてきた。


「 と 、 取 れ ま せ ん 」


アレンが言った。神田の視線が、一層鋭さを増す。

「ごめん。僕は取りたくない」

アレンが強く繰り返すと、 一瞬の沈黙がその場に訪れた。しかし、その後には痛々しい音が響き渡る。神田が、自分が今まで枕代わりにしていた団服をアレンに 投げつけたのだった。


「その団服(コート)はケガ人の枕にするもんじゃねェんだよ・・・!!」

神田がアレンを睨みつけながら唸った。

 エ ク ソ シ ス ト が 着 る も の だ ! ! ! 

力強くぶつかってきた団服は、今は力なくアレンの腕の中に落ちている。アレンはそれに視線を落としたまま押し黙った。 そんな中、神田は乱暴に自分の団服を羽織り、立ち上がる。

神田は六幻を手にすると、荒い足取りでララのほうへ向かった。 アレンとすれ違い、アレンを通り過ぎ、一度足を止めて。


「犠牲があるから救いがあんだよ、新人ども!」


荒々しい声、六幻を抜く音。必死で抗議する、ララやグゾルの声。


「お願い、奪わないで・・・!!」
「やめてくれ・・・」




全てが、無意味な雑音に聴こえた。




ただ、今の目先にあるのは、ララに突きつけられた六幻。 そして、容赦なくそれを構える、神田の姿。そして、脳の片隅に焼きつく、二人の幸せそうな姿だけだった。


「じゃあ、 僕がなりますよ」


アレンの声が、の頭の中に入り込んできた。ハッと我に返ったような感覚。 脳裏に焼きついていた光景が、フッとかき消された。目の前に見えたのは、二人の前に立ちはだかるアレンの姿だった。

「僕がこの二人の『犠牲』になればいいですか?」

六幻の切っ先は、アレンのローズクロスにピタリと当てられている。

「ただ、自分達の望む最期を迎えたがってるだけなんです!それまでこの人形からイノセンスは取りません!僕が・・・アクマを破壊すれ ば問題ないでしょう!?」

アレンの表情は真剣で、しかしどこか悲しげに歪んでいた。




「犠牲ばかりで勝つ戦争なんて、虚しいだけですよ!」




バキッ、鈍い音が立った。神田の拳が、アレンの頬を打った 音だった。アレンはその衝撃に耐え切れず、そのまま倒れこんでしまう。一方の神田も、めまいを覚えてその場に倒れこんだ。

「とんだ甘さだな、おい・・・。可哀相なら他人のために自分を切り売りするってか・・・?」

神田の声は、怒りにわなわなと 震えていた。




 テ メ ェ ら に 大 事 な も の は 無 い の か よ ! ! ! 




神田が吠えた。アレンは殴られたときのまま、顔を背けている。そして、その口をゆっくりと開いた。

「大事なものは・・・昔失くした」

ポソリと零れた声は、何だかとても悲しくて。そこには、には入り込めない辛い事実 があるような気がして。

「可哀相とか、そんなキレイな理由あんま持ってないよ。ただ、自分がそういうトコ見たくないだけ。 それだけだ」

「僕はちっぽけな人間だから、大きい世界より目の前のものに心が向く。切り捨てられません。護れるものなら、 護りたいんです」


また、静寂が訪れた。神田の表情からは、まだ険しさが消えない。


「そんなの、ただの キレイごとじゃねェかよ・・・!!」

神田が口を開いた。

「護れるものなら護りたい?大きな世界より目先のことしか 心が向かないだと?ふざけるな!俺達は世界のために戦ってるんだよ!そのためなら、小さな犠牲くらい諦めろ! いつまでもガキみてェな言い訳作って汚ェことから逃げてんじゃねェよ!」

珍しく、神田の声が胸に響いたような気がした。 そうか、神田の言い分だってハズレているわけじゃない―――ただ、目標に向かって突き進んでいるだけで。だけど・・・。



「 待 っ て ! 」



自分でも気付かないうちに、は声を上げていた。また何人分もの視線が向いて、 頭の中が混乱状態になる。だけど、

「さっき、『犠牲があるから救いがあるんだ』って、言ったわよね・・・?」

声が少し震えているような気がした。自分の考えを人に打ち明けるなんて初めてで恐ろしくて、でも、機会を逃したらずっと 流されていってしまう。そんなのイヤだ―――

「わたしっ・・・わたしは、それを一番よくわかってるつもり―――だって、 実際それで救われたことがあるから。でも、ホントはっ・・・ララを犠牲にしても、何も救えない・・・ただ犠牲を出せば世界が救えるってものじゃない!」

は必死で叫び、一旦言葉を切った。もう、自分でも何と言いたいのかよくわからない。

「だから・・・わたしが 言いたいのはっ、犠牲ばっかり出しても何も得られないって、そう言いたいの!今の時代で、この戦争で大事なのは・・・ただでさえ 滑ってしまいそうなくらい血だらけな足元に、さらに血を流すことじゃない!―――」




「ママぁ・・・パパぁ・・・」

「しっかりしろ、!お兄ちゃんがママの仇とってやるからな!お前を死守してやるからな!」

「行かないで・・・!!仇なんか取らなくていい・・・!護ってもらうために死なれても困るだけだもん!」

「傍にいてよ!もう一人にしないでよぉ!」



「絶対、戻るよ」







う そ つ き








「―――敵を倒すことを 前提に、ただ闘っていけばいい!犠牲だのなんだの使って被害を減らそうなんて、本当はやっていい事なんかじゃない!それで救われた 人は、どれだけ悲しめばいいの!?犠牲で救おうと考えてる人は、大事なことを見落としてる」

神田がから目をそらした。 それと入れ替わりに、アレンの薄い色の目がこちらを向く。は瞬時ためらい、また口を開いた。

「取らせない! イノセンスは取らせない!その代わり―――私がアクマを壊すから・・・!」

はすがりつく思いで神田を見た。 そりゃあ、今までのわたしの行動からじゃ一切のことを任せられないかもしれないけど。

「お願い!奪わないで・・・!」

―――だけど、ララは・・・この二人は、絶対に護ってやりたい。

「神田くん!!」



そう思った、矢先。






聞きたくない、音がした。






「 グ ゾ ル ・ ・ ・ 」


その空間を突き破るように発したララの声は、酷く枯れていた。目は大きく見開かれ、グゾルからは血があふれ出し。六人を取り囲む空気は、 ひどく、淀んでいた。



グゾルごとララを貫いた、アクマの腕がそこにあった。



―――絶対、 護りたいと誓ったくせに。


私のうそつき


アレンが突き出したてもむなしく宙を掻き、アクマは砂漠の中に二人を引きずり込んだ。細かい砂がブワッと舞い上がり、広間に砂煙が たちこめる。

「奴だ!!」

何かが砂の中をグルグルと旋回するのを見ながら、神田が叫んだ。その直後、アレンの背後から アクマが地面を突き破って姿を現す。三人はそれぞれ武器に手を伸ばしながらザッと振り返った。

「イノセンスもーらいっ!」

ララの胸から、何かキラキラ光るものが乱暴に引き抜かれた。イノセンス―――いや、ララの心臓だった。

「ラ・・・ララ・・・」

ドサ、乱暴に地面に投げ捨てられたララの亡骸。グゾルはうつ伏せに倒れこんだまま、震える手を彼女に伸ばす。 しかし、ララの体は動かない。かつて、グゾルがあんなに愛したララは、今やただの動かぬ古びた人形に戻ってしまったのだ。

「ほぉー!これがイノセンスかぁ―――」

アクマは自分の目の前に心臓を掲げ、その中でキラキラと光るイノセンスに釘付けになった。 小さな、立方体の結晶が、まばゆい光を放っている―――哀しいくらいに。

「くっ・・・」

は怒りで震える手を、どうしようもなくただ握り締めた。

そのとき、何かがピリッと音を立てての頬で弾けた。自分達を取り巻いていた空気が、どんどん鋭くなっていくのがわかる。

「返せよ、そのイノセンス―――」

背後から聞こえてきた、うなるようなアレンの声。それは恐ろしいほど冷たくて、 は恐る恐る振り返った。そこに立っていたのは、イノセンスを発動させたアレン。しかし、イノセンスの様子がおかしい。

蛇がのた打ち回っているかのように、ボコボコと姿を歪ませていて。

「―――返せ」

アレンがもう一度、強く繰り返した。 その表情は憎悪に満ちていて、がこの禍々しい殺気は彼のものだと気付くのに、それ程時間を要しなかった。









(ヒロインの兄ちゃん・・・その詳細は後ほど)