荒野の歌姫


「ウォ・・・ウォーカー殿の対アクマ武器が・・・・・・」
「作り変えるつもりだ」

アレンの左腕の異変にトマが恐れ戦いて目を見開いていると、神田がそれに答えるように言った。

「寄生型の適合者は、 感情で武器を操る。宿主の怒りにイノセンスが反応してやがんだ」

その話なら、元帥から聞いたことがあるような気がする。確か、 感情で武器を操ることができる点を見ると、「憑依型によく似ている」と―――。

思考をめぐらせていたさなか、突如アレンが 地を蹴って飛び上がった。彼の腕はまだボコボコと形を変えている。神田はそれを見るなりサッと顔色を変え、声が枯れるんじゃないかと思う ほどの怒鳴り声を上げる。

「バカ!まだ武器の造形が出来てないのに―――」
「―――心配ない!」

何の根拠もなかったが、はそう叫んで神田の言葉を遮った。今まで彼は何回も敵をかいくぐってきたんだ、今回だってそうでなければ 困る。

そしてその言葉の通り、アレンの左手は敵の目前で完成する。アレンが鋭い殺気を体に取り巻いて敵に向けたのは、 巨大な銃口だった。埋め込まれた黒十字を輝かせながら、銃口から光があふれ出す。

変わった発砲音を立て続けに発し、 アレンは銃弾をアクマめがけて放った。それは、アクマどころか周りの地面にまでもぐりこむ。その迫力に驚いて、アクマが悲鳴を上げた。

「(撃った・・・!!)」

そこにいた三人―――神田までもが目を見張った。アレンの光る弾丸は 止まることなく発砲され続けて、やわらかい砂の地面に深く突き刺さっていく。一見滅茶苦茶に飛んでいるようにも見えたが、 実際は器用にもララとグゾルの体を綺麗に避けていた。

アレンの撃ち出した細長い銃弾は一箇所に集中し、高く積みあがる。 アレンはそのてっぺんに着地すると、背後をギラリと睨みつけた。アレンのその視線の先には、地面の中を逃げ回るアクマの姿。

「そんなんで砂になってる私は壊せないよ〜」

そう言って、アクマは余裕たっぷりの声でケラケラと笑った。 確かに、どんなにまばゆい光の銃弾でも、相手が砂じゃあ歯が立たない。は苦々しげに顔をゆがめ、背中の恍輝に手を伸ばした。

「汚いわよ、出てらっしゃい!」

恍輝を引き抜き、目にも留まらぬ速さでそれを投げつける。 恍輝は切っ先を先頭にまっすぐと空気を切って突き進み、ちょうどアクマの目の前に深く突き刺さった。次の瞬間、アクマが逃げるように 飛び出してきて、矛先を変えてアレンのほうへ飛んでいった。

アクマはアレンに向かって右腕を突き出してくる。 アレンは高く飛び上がってそれを避け、標的を失った右腕は向こう側の壁に激突した。しかし、その右腕の持ち主は、アレンの目の前に顔を 現す。

「!!」

アレンが避けようと動いた時にはもう遅かった。アクマは砂の体でアレンに体当たりをかまし、 アレンは砂に飲み込まれてしまう。あっという間にアレンの姿は砂に覆われて見えなくなってしまった。

「アレンくん!!」

アレンの姿が見えなくなった途端、ゾッと背筋が凍りついて、は金切り声を上げた。しかし、がどんなに喚こうとも、 アレンからの返答などあるはずもなく、ただ、アクマの狂った笑い声だけが空気を突き破って聞こえてきた。

「ケケケ、捕まえた! もうダメだ、もうダメだなお前!!」

アクマは右手を掲げ、変形させた―――写し取ったアレンの対アクマ武器だ。には、 アクマがいったい何をしようとしているのかなんて想像もできなかった。自分の体の中に敵を取り込んでいるんだから、 攻撃なんて出来ないはずだ。

「何回刺したら死ぬかな〜?」

ところが、予想の反した行動に出た。右腕を思い切り腹につきたて、 猛スピードでめった刺しにし始めたのだ。

―――あ、そうか・・・、砂の皮をかぶってる上、腹から下には何もないから 攻撃が当たらないんだわ。

はふと思い起こして考えた。神田がやられたあと、アクマの腹を切り裂いたのは紛れもない自分だ。 しかし、そうなればそっちのほうが不安だ―――あの中に取り込まれているのはアレン。アレだけめった刺しにされて、大丈夫なはずがない。

「大丈夫だ―――」 不安に顔をゆがめていると、神田が横から声を上げた。 「―――あいつの殺気が消えてない」

神田がそういって、すぐの事だった。


ガ キ ィ ィ イ イ ン ! 


凄まじい音がこちらまで響いてきて、アクマの右腕が止まる。

「ガキ・・・?」

驚いて固まっているアクマの背中から、 アレンが飛び出した。左腕の対アクマ武器で槍を受け止め、体を庇って。アレンは左腕を揺らし、槍の先をへし折る。

「あっ、 槍を・・・!」

は安心と驚愕のあまり、あんぐりと口を開けたまま言ったので、なんだか聞き取りにくい変な声を出してしまった。 そうしている間にも、アレンは驚くべき素早さで、また武器を変形させた。

銃弾が一本銃口から突き出し、 そのまま銃口が閉じて固定される―――剣型だ。アレンがそれを振り下ろすと、アクマの砂の皮にまっすぐ亀裂が入り、ザラザラと崩れだした。

「これで生身だな」

アレンがギロリと睨みつけると、アクマは慌てて砂の中に飛び込んでいった。 もう一度砂を写し取るつもりだ。絶対そんなことさせるもんか―――は未だ地面に突き刺さったままの恍輝に目を留めると、 それに全神経を集中させた。

―――シンクロ率が高いならば、どんなに遠く離れていても発動できるはず・・・!!



 星 屑 乱 舞 ! 



金切り声を上げると、砂の中がカッと光って爆発した。 アクマが悲鳴を上げながら飛び出してきて、その後を小さな無数の刃が、地面から追い返そうと乱れ舞っている。

「写し取れなくて残念だったな、このままブチ抜いてやる」

武器を構えるアレン。それでも、アクマは負けを認めない。

「まだお前の腕が残ってるもんね!」

アクマが右腕を突き出して、そして、アレンは左腕を突き出して、撃つ。 両者の攻撃が押し合う。凄まじい爆音と共に、アレンの腕から銃弾が立て続けにあふれ出す。


―――どんなに上手く似せても、 どんなにそれが有能であっても。

同じものは二度と作ることは出来ない、それと同じように、本物に劣ることは当たり前で。

だから、アクマの攻撃がアレンに勝るはずもなく。


「勝てる!」


は小さく呟くように、しかし力強く 言った。今度は確信があった―――アクマの攻撃は、ニセモノだ。期待通り、アレンがアクマの攻撃を押し破る。

「グゾルは・・・ララを愛してたんだ」

ゴオオ、砂煙がたちこめる中、アレンは怒りに震える声を上げた。 二人が幸せそうに抱き合っていたあの光景が、まるでまぶたの裏に焼きついたかのように、離れない。

「 許 さ な い ! 」

一方、アクマの右腕は、アレンの怒声を浴びながらどんどん風化し始めていた。

「く、くそっ!何でだ!同じ奴の手なのに・・・ なに負けそうなんだよぉ・・・!!」

どんなに叫び声をあげても、もはや負け犬が吠えているようにしか見えない。 使えもしない武器に手を伸ばした、ただの愚かな悪魔にしか見えない。対アクマ武器を扱えるのは、適合者だけだからだ。



―――ドクン。



アレンの心臓が大きく鳴った。そして、アレンの動きが止まる。そして、大きく急き込んだ途端、 真っ赤な鮮血が彼の口からあふれ出した。

「あっ、アレンくん!?」

は真っ青になって金切り声を上げた。 アレンはその場に跪き、イノセンスが停止する―――一体何が起きているのか、理解するのにそれ程時間は要さなかった。

「リバウンドだわ!」
「・・・何?」

がハッとして叫ぶと、神田が眉を吊り上げて聞き返してきた。

「リバウンドよ!―――急激なイノセンスの成長に体がついていけてないの・・・」
 も ら っ た ! 

の言葉を遮るように響いてくる、アクマの声。が目を向けると、アクマがチャンスだとばかりに武器をかざしている。

―――まずい!

は飛び出そうとしたが、手を鞘に回してから、恍輝が手元にないことに気付いた―――まだ地面に 突き刺さったままだ!慌てふためいてオロオロしていると、のすぐ隣から何か黒いものが駆け抜けていくのが見えた。神田だ。

キィィイイン!!

一瞬の出来事だった。

いつまで経っても襲い掛かってこない衝撃。アレンが不審に思って顔を上げると、 予想外の光景が広がっていた。今アレンを庇っていたのは、ボロボロの姿の神田。肩で息をするほど辛いのに、人を庇って六幻を構えているのだ。

「!?神田!」
「ちっ」

神田がまた舌打ちした。腹に巻いた布から、血が滲み出している。神田はバッと後ろを振り返ると、 その痛みをごまかすかのように目を吊り上げて怒鳴った。

「この根性無しが・・・こんな土壇場でヘバってんじゃねェよ!! あの二人を護るとかほざいたのはテメェだろ!!!」

その迫力といったら…巨大猛犬が吠えているようなものだった。 アレンはすっかり驚いて、顔をヒクヒクと引きつらせた。

「お前みたいな甘いやり方は大嫌いだが・・・口にした事を守らない奴は もっと嫌いだ!」
「は・・・は。どっちにしろ・・・嫌いなんじゃないですか」

神田はもう一度敵の方に視線を戻した。 アレンはその言葉を聞いて、弱々しく苦笑いする。

一方は、神田の足がずぶりと砂にめり込んだのを見逃さなかった。 神田が押されている―――やはり、あの傷は重すぎる。はゴクリと唾を飲み込み、アクマに攻撃を仕掛けようと地を蹴った。

超高速で地面を滑るように走ると、恍輝を引き抜いて、右足を軸に急ブレーキをかける。そして、もう一度唾を飲み込んで心臓を落ち着かせると、 まっすぐ前に向かって駆け出した。

刃にまばゆい光を流し込ませ、もう一度高く飛び上がってからアクマの腕に狙いを定める。 がアクマの腕に刃を突きたててから、その腕を切り飛ばすまでが、スローモーションのように目に映った。

腕を切り飛ばされ、アクマは耳をふさぎたくなるような凄まじい悲鳴を上げて飛びのく。はまた急ブレーキをかけて止まると、 ぽかんとしている神田に向かって茶化すように微笑みかけた。

「何だかんだ言って、結局助けてるんじゃない」

神田はうざったそうに舌打ちし、から目をそらす。

「僕、別にヘバってなんかいませんよ。ちょっと休憩してただけです」

今度はアレンが、口の周りにこびり付く血を拭いながら笑った。前方からアクマが奇声を上げ、物凄い形相で突っ込んでくる。

「・・・・・・・・・いちいちムカつく奴らだ」

神田はまた舌打ちしながらボソリと言う。三人は、アクマを見据えながら 武器を構えた。この一撃で終わらせる―――「マテール怪奇事件」の全てを。悲しい人形劇を、すべて。


―――あともう一回、 もってくれ!!


アレンは左腕に、神田は体に、は左手に念じた。


―――イノセンス、発動!


十字架が、黒曜石が、刃が光を帯びる。




「「「 消 し 飛 べ ! ! 」」」




二人分の男の太い声と、一人の女の甲高い声が綺麗に重なり、それぞれの攻撃を放った。 その場の空気がまばゆく光り、光の刃が、蟲が、銃弾がアクマに向かって突き進んでいく。

「エ…エクソシストがぁぁー!!!」

アクマは悔しさいっぱいにそう叫び残し、跡形なく消し飛んだ。









(なんだかヒロインだけ軽症で申し訳ない気分・・・orz)