「 神 田 く ん ! ! ! 」

怒鳴りながら神田の自室の扉を蹴り開けると、中にいた影が驚いて飛び上がった。長い黒髪を結わずに腰までサラッと流し、 団服は既に脱いだらしく白いワイシャツに黒いズボン姿だ。左腕に数珠がかかっている。

「テメェ、帰ったんじゃねェのかよ」

神田はの顔を見るなり苦々しげに突っかかってきた。

「ちょっとハプニングがあって。それとちょっとだけ手がかり掴んじゃっ て。町に聞き込みに行くから、ついてきて欲しいんだけど」
「ラビの奴と仲良く行ってりゃいいじゃねェか。俺は寝る」

神田は 思い切りキツイ視線をに残し、そして豪華な天蓋つきのベッドにもぐりこんでしまった。布団を頭までかぶっている。

「起きて!ラビはもう図書館に行ったのよ!町の歴史を調べにね!」
「なら一人で行け」
「ダメ!城に一人残して行ったら危険だもの! 黒髪の幽霊に殺されるかもしれないじゃない!」
「はぁ?」
「だーかーらー!!」

は神田の布団にかじりつき、 両手に力をこめてグイッと引っぺがした。ところが、直後に神田はから布団を奪回してしまう。そしてまた布団の中へ。

「……………………………………ティナシャロン」

完全に頭にきて、は氷よりも冷たい声で一言そう言った。すると、彼女の 襟の中から純白のゴーレムが飛び出して、神田の布団の隙間へともぐりこむ。



――直後。





「 い っ で え え え ぇ ぇ ぇ え ぇ ぇ え え え え ぇ ぇ ぇ え え え え え え え え ! ! 」





布団を放り投げ、神田が真っ青になって飛び出してきた。長い黒髪の隙間から鮮血がタラタラと流れ出していて、 同じく布団から飛び出してきたティナは血で微かに汚れた牙をむいている。

「目覚まし機能も搭載だったり」
「嘘付け!これのどこ が目覚まし機能だ!!」

神田は涙目になりながら、傷口を押さえての胸倉を掴んだ。

「とにかく!早く行くわよ」

はガシッと神田の襟首と六幻を掴み、さっさと部屋を出た。神田が痛いだのウザイだの消えろだの死ねだのぶっ殺すだの言っている が、神田の怒りよりも幽霊の方が怖い。今限定かもしれないが、神田なんて怖くないとは思った。



***



町はすっかり暗くなっていた。それもそうだ、現在の時刻は7時過ぎ。とりあえず家に訪問するのは迷惑かもしれないと思い、は一番 近くの八百屋に足を踏み入れた。

色鮮やかな野菜が沢山だ。オレンジ、りんごなど、果物も豊富だった。

「あのー、すいません」

おっかなびっくり店の中に声をかけてみると、奥から愛想の良さそうな男性が「はーい」と返事を返しながら小走りで姿を現した。

「いらっしゃいませー。あ、旅の方ですか?」

おじさんは二人の格好が見慣れないものだったからか、ニコニコ笑顔でそう 問いかけた。

「黒の教団だ。少し聞きたいことがあるのだが」

神田はまだ不機嫌そうな顔をしながらも、が名乗るより 先に口を開いた。身分を明かすのはいつも彼の方だ。ひょっとして、自分が『黒の教団』だということを暴露するのが大好きなのかもしれない。

「ああ、教団の方ですか!何でしょう、私に答えられることなら何でもお聞きくださいな」

おじさんは一層深く微笑んだ。

「あの、まず一つ目なんだけど――この町に住んでどれくらい?」
「生まれた時からずっとここに住んでいますよ」 おじさんが答える。

「えーと、じゃあセシリーってオヒメサマが死んでどれくらいか覚えてるかしら?」

が改めて質問すると、隣で神田が 怪訝そうに眉をひそめた。それでもわざわざ彼なんかに説明するのが面倒くさくて、はわざと気付いていないふりをした。

「セシリーさまかい?いやぁ、そりゃもう40年くらいも前じゃないかね。黒髪のキレイな人だったんだがなぁ……皆惚れとったよ」

おじさんは冗談交じりにケラケラ笑った。しかし、反対に神田との表情は険しくなるばかり。黒髪だって?やっぱりあの金髪女は偽者 なのか?

「ところがねぇ。町外れにクリーグルっつう科学者がいてね、ああ、ちょうどあんたみたいなキレーな顔した男でさ」

おじさんは神田を指差して、「よく見りゃそっくりだよ」とまた笑った。

「セシリーとそのクリーグルが付き合い始めたんだ。すごく 仲のいいカップルだったよー。でもね、セシリーの父親は二人の仲を許さなかったんだ」
「どうして?」 は首をかしげた。
「セシリーは王家の人間で、クリーグルは貧乏な科学者の息子。父親はそういう面に関して酷く厳しくてね。狂ってた。町も奴のせいで酷く 荒れたよ。セシリーはね、それでもクリーグルと一緒にいたくて、家出しようとしたのさ」

おじさんの笑顔が、だんだん曇ってきた。

「ところがそれがバレて捕まった。怒った父親は、セシリーを殺したんだ――今思うと、それが悲劇の始まりだったんだね」
「それ、どういう意味?」

もさらに表情を曇らせ、先を急かした。

「その後、彼女の妹が王女になった。レイチェル っていう名前だったかな……金髪蒼目の、セシリーそっくりの子でね、姉妹仲は最高に良かった――レイチェルはセシリーが死んでからまるで 魂の抜け殻みたいになっちまって」

金髪蒼目、『黒髪のセシリー』そっくりの子。の脳裏に浮かんだのは、神田に色気を振り 撒く偽セシリーだった。

「ある日、城の外で父親が晒し首になってたんだ――誰がやったのかはサッパリで、死んだセシリーの呪いじゃ ないかと噂も立ったよ。その数日後から無差別殺人が始まったんだよ。酷いもんさ、体が粉々になっちまって…」

体が粉々――これは 間違いない。は目をスッと細めた――どうやら、有力な情報を得られたようだ。

「百人目が殺された時から、突然手口が変わっ たんだ。体中何かにめった刺しさ…前後事件が同一犯だって判明したのは、どの変死体からもまったく同じ種の奇妙な猛毒が含まれてたかららし いけど――その頃から目撃者が続出して、彼らが言うには、なんと犯人は血まみれのセシリーだったとさ」

神田とは互いの顔を見合わせた――きっと、セシリーの妹レイチェルが千年伯爵によってアクマの皮にされたんだ。その後の手口 が変わったというのは、レベル1から2へと進化したということか?

「それから――」

突然、おじさんの顔がいつになく真剣になっ た。

「――クリーグルのことなんだが…もしあんたらがこの事件を終わらせようとしてるんなら、奴をマークした方がいい」

ほとんど謎が解けかけたときに、なんでまた事件を複雑にするのだろう――と神田は心の中で、神を僅かに憎んだ。
しかし、それも 一瞬だけの気持ちで。次の言葉を聞いた瞬間、の頭の中で謎が全て解けたような気がした。

「ある日クリーグルの家から、 殺人現場で検出されたのと同じ毒物が発見されてね――とても珍しいものだったから、すぐにわかったんだそうだ。町民も警察もみんな奴を疑い 始めたんだが、なんとレイチェルがクリーグルを保護しちまって」

「――保護、だと?」

神田がオウム返しに聞き返した。

「ああ、今は城に勤めてんだ。あの金髪の執事さ!もう年だが、それでもまだあそこにいる!頼む、この悪夢を終わらせてくれ…」

おじさんは泣きながら神田にすがり付いてきた。その傍らで、は剣を抜いた。


「平気よ、おじさん。もう終わるわ」


はそっとおじさんの肩に手を置き、穏やかな声で告げた。



そうだ、あの時のあの長身の男。


神田に似た、あいつの正体は――。


「トリックは全てわかったからね」


トリック


城へ戻る道すがら、見慣れた赤毛が息を切らしてこちらに向かって駆けてきた。ラビだ。

「ユウ!ちゃん!」
「ラビ!例の物について、なんか分かった?」

が急き込むと、ラビはゼェゼェ肩で息をしながら頷き、そして手にしている 書類を数枚押し付けてきた。はすぐに食い入るように、右から左へと視線を行き来させる。

「やっぱりね。これで確証できたわ」
「なにをだ?」

神田が聞き返す。は書類を雑に折りたたむと、コートのポケットの中にぎゅうぎゅうと押し込んだ。

「いい?一回しか言わないからよく聞くのよ!あなたがずーっとイチャイチャしてた女はアクマなの――」
「あ゛ぁ!?俺がいつあの 女とイチャイチャしてたってんだ」
「あーら、見に覚えがないって言うの?それなら、あなた今すぐ脳外科に行ってきた方がいいわね! と ー に ー か ー く ! 
あれはアクマ!妹の皮をかぶった、セシリーのアクマなの!」

は気を取り直してもう 一度ラビに向かって収穫した情報を打ち明けた。

「じゃああのクリーグルって執事の犯人説は何なんだ?」 と神田。
「ブローカーよ」

がすかさず言うと、二人は上手く聞き取れなかったようで、目をぱちくりさせながら頭上に疑問符を浮かべた。

「なんだって?」 ラビが聞く。
「ブローカー!多額の報酬と引き換えに、アクマの『材料』を差し出す人間のことよ!セシリーが殺され た後、きっとクリーグルはもう一度彼女に会いたかったからとかなんとかで伯爵にレイチェルを差し出したんじゃないかと踏んでるの」

はまた先頭を切って歩き出し、早足で城に向かった。後ろからラビと神田が後を追ってくる足音がする。

「まず邪魔な父親を、 ついでにセシリーを殺したことに対する憎しみをこめて殺す。それからショック状態だったレイチェルを上手く騙して、伯爵に差し出す。 上手いこと乗せられたレイチェルはセシリーの皮になった――それから自我を持たせるために町民を襲わせ、それが『粉々に体を砕かれた』と いう残虐殺人事件でしょうね」

は淡々とまくし立てながら、恍輝を握る手に力を込めた。

「それからセシリーのアクマ はレベル2に進化。進化してもアクマの習性は変わらないわ――楽しくて楽しくて、また何人も殺したのよ。で、その時に目撃されたっていう 犯人像がコレ――ラビが図書館で調べた新聞に載ってたやつ」

はポケットから一枚だけ書類を取り出し、背後に向かって突き 出した――黒髪の痩せこけた女性のイラストは、が城で見た不気味な女と酷似していたのだ。

「血だらけ、腐敗した肌、 セシリー姫に似た顔――ていうか、これはアクマ・セシリーなんだけどね。これが人間の皮を脱ぎ捨てた、アクマ本体の姿なんでしょうよ。 人間に近い姿をしてるから、レベル1の時と違って多く目撃されちゃったってわけ。だって、レベル1のボールみたいな物体が空飛んでたって、 何の知識もない人間はいきなりそれが犯人だなんて思わないでしょう?それに比べて、人型は容疑者として目立つじゃない」

「まあ、 とりあえず執事がなんで嘘ついたのかはわかったさ。あの霊廟にあったミイラは本物のセシリー・クロフォードってことか」
「そう。 あれがエクソシストに見つかっちゃったらマズいからって、あの執事は嘘をついたのよ」

そうこう言っているうちに、いつの間にか 目の前に城が。が扉の前で足を止めると、イノセンスを構えた二人がの両脇に並び出た。

「――その後、クリーグルが 城で保護されたって言うのは、きっと自我を手に入れたセシリーのせいでしょうね。それから今までずっと、姫と執事って関係で一緒に暮らして きた――」
「じゃあ、クリーグルの家から毒物が発見されたってのはどういうことなんだ?」

神田が静かに訊ねてきた。きっと、 これが最後の質問だろうとは思った。城の中から、殺気が向かってくるのが分かる。

「さっきわたしが城の中で探し回ってたら、 なんと毒物が大量に保管されてる部屋を見つけたの。その時に神田くんとそっくりなオーラの男が現れて、毒の瓶を一つ持っていったわ」

「俺そっくりだと?――ひょっとしてクリーグルか?」

神田は先ほどのおじさんの話を思い起こして、自分を指差して言った。は コクリと頷いて、話を続ける。

「死体についてたってのは結局アクマの毒ってことでしょ?恋人同士の仲にまで発展したクリーグルが、 セシリーの毒をなぜか持ってたのよね。何でか知らないけど、とりあえず持ってたのよ。それが薬品庫でわたしが見たあのビンの中身かも」

つまり、が見たのはクリーグルで。あの時のクリーグルは倉庫からアクマの毒ビンを持ち出したワケで。一体何に使うかって聞かれ たら、それはもう自分の体調からすべて推理できること。

「警察に捕らえられたら、一緒に暮らすことが出来なくなる――きっとそう 思ったセシリーが、彼をすぐさま保護したんだわ――それ以来また事件が立て続けに起き、だけど警察も手が出せない。そんな中、二人を引き裂く ことのできるわたしたちが現れたのよ」

どんどん、恍輝を握る手が痺れてくるのがわかる。同じ時、神田もラビも、自分達に襲い掛かる 異変に気付き始めた。

「その上愛するセシリーは神田に惚れちゃった。怒ったクリーグルは当然わたしたちを殺すはず。一番確実な手口、 アクマの毒でね――もうあなたたちも気付いているでしょう?」

神田が口元を押さえ、六幻を杖代わりに地面についた――ラビもフラフラ とよろめいている。

「わたしは気絶してて丸一日食事を摂取していなかったから、あなたたちよりも元気だけどね。ホラ、例えば――」





目眩がする。吐き気がする。あの部屋で気分が悪くなったのは、風邪のせいなんかじゃなかったのだ。





「――食事に混ぜるとか」





の両脇で、神田とラビが倒れこんだ。









(みなさん、小説版のアレンのエピソード覚えてます?)