―――異国の船が攻めて来た。そんな妙な噂が飛び交い、その島は瞬く間に大騒ぎとなった。



莉々亜


「異人が攻めてきたぞ!何されるかわからんけん、全員できる限り海から距離をとれ!武士は刀を差し『御神』を守れ!」

ギャーギャーと 悲鳴を上げながら逃げ惑う島人。威厳のある武士が人ごみを掻き分けて現われ、黒船の前に構える。そのあとから、黒髪を腰までサラリと流した美 しい女性が、裾のほつれたボロボロの着物を着た裸足の少女を連れて武士の前に並び出た。

「松村様、ここはどうぞ私らにお任せください」
武士の一人が刀に手を添え頭を下げる。

「任せろ任せろて何言うてん!あんたらはええからもう下がっとき!」

松村がシッシ ッと追い払うような仕草をすると、武士はしぶしぶといった様子で、頭を下げたままゆっくりと下がった。松村は少女莉々亜の手を引いたまま、黒 船をザッと見上げる。


船から、一つの黒い影がハラリと飛び降りてきた。


少年の髪は茶を含んだ赤色で、目はガラス玉の ような鮮やかな緑色をしている。小顔でまるで少女のようだった。少年は浜辺に着地するなり、顔を上げた。その視線が松村とかち合った。莉々亜 が思わず後ずさる――松村は前に一歩踏み出した。

「初めまして。この島の方ですね?」
少年はぎこちない日本語でまずそう切り出し た。

「松村日和と申します、異人様。村人があのような騒ぎを起こしてしまい……異人を見たことがないだけでして、お許しください」
今まで聞いたこともないような優しい声で対応する松村。莉々亜は思わず鼻で笑いそうになった。

「いいえ、どうぞお気になさらず。こち らこそ、ご無礼をお許しください」
やんわりと微笑んで応対する少年。莉々亜はその笑顔にぎょっとした――この人、ほんとに男の人……?

「せや、異人様!よろしければ今晩は私の屋敷に泊まってください。もう夜も遅いでしょう?夕食も用意いたしますわ」

松村日和が明 るい声で持ち出した。莉々亜がえっと顔をしかめるが、異人の少年の方はパァッと嬉しそうな笑顔を浮かべている。どんなに愛想よくても相手は異 人……莉々亜は咄嗟に「やめたほうがいい」と合図を松村日和に送ったが、本人は見てもいない。

「本当ですか?他に連れが三人いるので すが……宿をお貸ししていただけますか?」

おずおずと松村日和の顔を覗き込む。莉々亜は松村が笑顔でコックリ頷くのを見つめながら、 気だるそうに溜め息をついた。



+++



「あとで家の者に布団を運ばせますね。どうぞお荷物はこちらに下ろして くださいな」

松村に案内されたのは広い和室だった。緑色の畳がまだ新鮮なにおいをあげている。松村は軽く頭を下げてふすまを閉めたが、 一行は荷物を抱えたまま気まずそうに立ち尽くしてた。

『あー、ねぇ君たち』

赤毛の少年が声を上げてみんなを振り返った。戸惑 ったような表情、それは紛れもなく。

「…………

明らかに青筋を立ててアレンがつぶやいた。その途端、は少 年の表情をかなぐり捨てて二人の足元に泣きついた。

『ごめんなさい!生け贄にされるのが怖かったのよ〜!』
『どうします?僕、女 性と同じ部屋で寝るのはちょっと……』
『俺は知らねェぜ。テメェでどうにかしやがれ』

相も変わらず冷たい神田。は「そん なぁ〜!」と大声を上げて膝から崩れ落ちた。アレンが慌てて肩をさすって宥めるものの、はガックリ膝をついたままなかなか立ち直れな い。

『わーっ、僕我慢しますよ、だから落ち着いてください、ね?』
『本当!?ああよかった!あなたってほんとに紳士だわね!』

がバッと起き上がり、アレンにぎゅっと抱きついた。アレンはギョッとして赤面するが、完全アメリカ娘のにとってハグなん てちっとも頬を染めるような行動ではなかった。

不意に、神田が顔を上げた。


『おい、外に誰かいるぜ』


と アレンがピタリと止まり、障子を振り返る。
黒い小さな影が、廊下の外に一つ、ゆらりと揺らいでいる。


「誰だ」


神 田が日本語で凄んだ。障子の外の陰は、ギクリと肩を震わせて飛び上がった。

『そりゃそうよ、ここあなたの家じゃないんですもの。誰か いて当然でしょ』
『ちょっとは黙ってらんねェのかテメェは!!』

神田が振り返ってに牙をむいた。




――と。




バン!!――けたたましい音が響き、三人はギョッとして障子に向き直った――障子は全開にされ、一人の小さな少 女が日本刀を片手に物凄い形相で仁王立ちになっている……。

『ああ、見て!莉々亜ちゃん!とってもかわいい、ねっ?』

が 引きつった笑みを浮かべた。







ギィンッ!!








日本刀が彼女の手から 飛んだ。


はひらりと身をかわし、標的を失った刀は深々と部屋の欄間に突き刺さる。


「「「――ッイノセンス発 動!」」」


すかさず二人が鞘から抜刀、アレンが左腕の手袋を剥ぎ取った。莉々亜はガクリと項垂れたまま、フラフラとたどたどしく 近付いてくる。ところどころ泥の塊をくっつけて絡み合っている黒髪が、ザワザワと不気味に風に揺れて――。

「エ……ク…ソ…シス………ト…………殺ス

ギラ、莉々亜の目が不気味に光った。アクマか!神田が六幻を振りかざし、畳を蹴ろうと姿勢を低くする――。


「界蟲一ぐぇっ!!!


ギュッビターン!と二連続で嫌な音がして、は思わず顔をしかめた。アレンが神田の裾 を踏んづけて食い止めたのだ。


『神田落ち着いてください!彼女はアクマじゃありません!』
 先 に 言 え ! ! 
『いやぁ、すみません。僕って(神田限定で)口より先に手が出るんですよ』


そっぽを向いて冷徹にあしらうアレン。は、 がなりたてる神田の肩越しに、莉々亜がチャンスだとばかりに爪を広げて飛び掛ってくるのを確かに見た。


『おっと!―― 神 罰  ノ 矢 ! ! 


まっすぐ前方へと突き出した恍輝の剣先から、一筋のか細い光がピッと飛び出した。それはちょうど組み合 っていがみ合っていた二人の鼻の間スレスレを通り、莉々亜の着物の裾を射止め、バン!と彼女を壁に差し押さえた。

「ぅぁあああぁぁぁ あぁぁあああぁぁああっ!!」

狂ったように莉々亜が吼える。は引き続き恍輝を振るい、『三日月飛来刃』を彼女目掛けて繰り出 した。それはまたしても神田とアレンの間をすり抜け、莉々亜の細い体を窪みで挟んで壁際にひっ捕らえた。

「「〜〜〜〜〜〜ッ!!」」

二人とも恐怖で声も出ない。光がかすめたアレンの髪は、ジュウジュウと煙を上げて消えかかっている。もしも当たっていたら――おそら く、鼻は見事にスッキリ無くなっていただろう。

『ふむ……やっぱり、何かに操られてるわね』

そんな二人のことなど全く構いも せず、間近で莉々亜をしげしげ観察しながらが言った。

『何で分かるんです?』

アレンがコホンと咳払いして、気を取り 直して問うた。はそれに答えるように、彼女の額に拳をかざす――いや違う、彼女の額から突き出している、何か糸のようなものを掴んだ のだ。

『見て――この糸、脳を貫通してるわ。これで彼女の思考から行動まで一括して操ってたのよ』

がプチ、と遠慮な く糸を引きちぎった。途端に莉々亜は膝からドサリと崩れ落ち、は慌てて彼女を抱きとめた。

『操るったって……一体誰がそんな ことをするんです?』

アレンは訝しげに眉をしかめ、畳みに落ちたちぎれた糸を拾い上げた。掌に載せてよく見てみると、それは文字通り 深い闇色に染まっており、アレンの肌の上でギチギチと音を立てて破裂しそうになっている。

『さてね……ひょっとしたら生け贄を待ち構 えてるカミサマの仕業かも』

そう言いながら、何気なく落とした視線の先に、は思わず息を呑んだ。神田とアレンが何事かと顔を 上げる。は口元を押さえ、莉々亜の首筋をじっと見つめていた。


『この子……』


恐る恐る指を伸ばし、莉々亜の 着物の襟元を開く。
小さな小さな彼女の首に、縄で締め付けられたような跡が、いくつもいくつも重なっていた。

それだけじゃない、 よく見てみれば腕や足など至るところにひどい火傷の跡がある。




『虐待、受けてるんだわ』




取り落とし たようなの言葉に、アレンと神田は口をつぐんだ。開け放たれた障子を風が吹き抜けていく。それに乗って入り込んできた一枚の枯れ葉が、 朽ちた闇色の糸に触れられ、ジュゥッと焦げて消えた。







『うぅぅぅむ、見破られちまったかぁー』







コケにまみれた巨大な石像にだらしなく腰掛け、死神鎌を持った男は「ちきしょう」と悔しげに茶髪を引っ掻き回した。見下 ろす先には、黒、白、赤の髪をした三人の男と、黄金の三日月に捕らえられた日本人。

『あいつらのあの服……どっかて見た覚えがあんだ がなぁ……何だっけ?』

男は自分の右手をギュッと握り、顎に添えて口を結んだ。



『まぁいいか。邪魔者には消えてもら うまでだ』



冷徹に吐き捨てた男の指には、間違いなく闇色の糸が絡んであった。そして彼の胸元には、黄金の懐中時計がきらめい ていた。









(はい、久しぶり更新です★)(←)