「莉々亜!?莉々亜おらんのか!?莉々亜!!!」

松村日和が怒鳴り散らしながら廊下を駆けて来た。その声に答えるように、前方の襖が カラリと開いた。松村日和がホッとして足を止める――が、そこから出てきたのは、莉々亜ではなかった。

「あら、お客様」
「莉々亜 さんならたったさっき買出しに行かれましたよ。何かご用があるならお手伝いしますが」

あくまでやんわりと、しかしどこか刺々しさを感 じさせるような口調で、は言った。

「いいえ、旅でお疲れでしょう?休んでいてくださいな。お客様に仕事させるなんて気悪いで すから」
「――お気になさらず。それより、少しお話をお伺いしたいのですが?」

が毒気ある微笑み方をした。思わず硬直す る松村日和の目に、残り二人の客人が部屋から出てきたのが見えた。



村のしきたり



「旅人様方もご存知の通り、この村には『御神』を讃え、生け贄を差し出すという風習があります」

使いの者にお茶を出させ、松村日和は 畳の上に正座した。顔から完全に表情を消し去った三人も、正座をして静かに彼女の言葉に耳を傾ける。アレンとは膝がしびれてひどく痛 むのを感じたが、必死に堪えることにした。

「松村家は皆大阪から下ってきた者――私らも初めはひどく驚きました。島の娘を片っ端から 縛って石像の下に貼り付けて、飢え死にさせて!ひどい風習だと思ってはいても――慣れって怖いですね」

失笑し、松村日和は懐から一つ の矢を取り出した。純白の、ところどころ煤のついた、小さな矢だった。


「これが次の生け贄を決める矢です」


ドクン、 と心臓が嫌な鳴り方をしたのを感じた。神田が小さくまさかと呟いたのが聞こえた。心臓が早鐘を打つ。手に汗が滲んだ。




「次の生け贄は莉々亜です」




日が傾いた。




松村日和が莉々亜に厳しくなったのは、大阪を負われてこの 島に流れ着いた頃からだった。笑顔の似合う、とても優しく、心の強い女性だったのを覚えている――この島に着くまでは。

戦争は人を変 えるとよく聞く。

まさにその通りだった。江戸から始まり、日本の各地には戦火が途絶えなくなり、その戦火は望まずとも、自然と大阪へ 肥大してきた。武士である松村の夫は、一家が取って食われるのを恐れ、嫌がる松村日和を無理矢理追い出したのだった。

流れ着いたそこ は、ひどく辺鄙な離れ島。

あちらこちらに血の臭いが染み付いた、とても嫌な感じのする島だった。島人たちは取り憑かれたようにしきた りに忠実で、村の中心部に立つ巨大な石像を神と祀って生け贄を捧げ続けていた。

生け贄になるのは、心から愛されて育った娘。
どこ からともなく放たれた白羽の矢が、次の生け贄を決めるという。

「若い娘は、何とも気味が悪い!」

松村日和はそう言って、自ら の娘である莉々亜を避けるようになった。若い娘が生け贄にされるのは、きっと若い女どもが不気味なものを内に秘めているからではないか、と。 変てこな宗教は、信仰者でない者の心までをも変えてしまったのだった。



莉々亜は薄暗い押入れの中で、静かに目を覚ました。



「…………?」

なんだか体中が疲れてズキズキと痛む。一体私、何でこんなところにおるんやろ?――そんな疑問がすぐに脳 をつつき、莉々亜は身を起こすと同時に真っ暗な押入れの中ではてと首をかしげた。

「旅人様方もご存知の通り、この村には『御神』を讃 え、生け贄を差し出すという風習があります」

襖の向こうから、松村日和の声がした。莉々亜は顔を上げ、襖の僅かな隙間に飛びついた。 片目だけで懸命に覗いてみると、黄ばんだ畳の上に、かつての母親と、異人二人、そしてあの仏頂面の美形江戸侍が向かい合っているのが見えた。

「松村家は皆大阪から下ってきた者――私らも初めはひどく驚きました。島の娘を片っ端から縛って石像の下に貼り付けて、飢え死にさせ て!ひどい風習だと思ってはいても――慣れって怖いですね」

―――何を白々しい!

莉々亜は心の中で激しく悪態をついた。

それから松村日和は、自分の懐に手を入れて、何か白くて細長いものを取り出した。何だ?――莉々亜は目を細め、もう少しよく見ようとその 場で背筋を伸ばしてみた。


「これが次の生け贄を決める矢です」


ドクン、と心臓が嫌な鳴り方をしたのを感じた。神田が 小さくまさかと呟いたのが聞こえた。氷入りの冷水が入ったバケツを頭上から被ったかのように、顔面が真っ青になった。




「 次の生け贄は莉々亜です」




ああ、ほら見て。やっぱり来たよ。




「大丈夫か?」



しばら くしてから、押入れの襖が開き、神田が莉々亜を静かに見下ろしてきた。言葉とは裏腹に、彼の顔はやっぱり無表情で、あまり心配しているように は思えない。むしろ任務的に声を掛けてきたかのようだった。

「――別に」

莉々亜は無愛想に答えた。神田が頭上で「チッ」と大 きく舌打ちした。

「莉々亜ちゃん、」

気遣わしげなの声が降ってきた。彼はやっぱり女みたいなやわらかい顔つきで物憂 げに眉根を寄せている。アレンも同じような表情をしていたが、やっぱりは女みたいだ。

「心配してくれなくてもいいよ。どうせ 私はそれだけの人間なの。肉親に散々扱き使われた挙句、生け贄にされて飢え死んでいく」
「……やっぱりそうだったのか。虐待、受けてたん だね」
「あなたには全くもって関係のないことだよ、ニンジン頭さん」

容赦なく吐き捨てると、の顔が「に゛ッ……!」と歪 み、神田が「ブッ」と噴き出した。アレンは言葉が分からないまま、困惑気味に莉々亜と神田たちをキョロキョロと見比べている。

「それ にね、異人さん。私、興味あったんだよ。攫われた生け贄の行方にね。ちょうどいいや」

莉々亜が哀しげにふわりと微笑んだ。痩せこけた 頬骨が痛々しくて、は思わず目を伏せた。







生け贄の儀式の準備は、いよいよ整い始めていた。









(んん!?リリアちゃんちょっと暗い!?)