村の中心へと向かう長い参列。ぼんやりと浮かぶ提灯の明かり。深く、深く沈んだ島人たちの表情。そして吸い込まれそうな夜闇。莉々亜は白い装 束に身を包み、今、『御神』の元へ向かおうとしていた。



憂鬱なる死神



提案された作戦はいたってシンプル。ひとまず莉々亜を生け贄の儀式まで連れて行かせ、誘拐犯をおびき出したら、そこへたち三人が助け舟を出す、というものだった。

(だ、大丈夫なのかなぁ……)

まぶたの裏に、あのイライラするくらい弱気な赤毛の少年の笑顔が思い出された。白い着物の袖に通った自 分の手が、僅かにカタカタと震えているのが分かる。不安で不安で仕方がなかった。

生け贄の儀式へと向かうこの長い行列には、不気味な ほどに言葉がない。「無言で生け贄をお捧げする」というのがしきたりなので当然のことなのだが、それが尚更莉々亜の不安を掻き立てていた。


何事もない。


参列はついに最後の道に差し掛かり、そして前方に松明で照らし出された巨大な石像が見えてきた。石像が次第 に大きくなってきた――近付いてくる――島人たちが松明をかざして振り返る――夜風がザワリと鳴った――そして――。





 そ の 影 も ー ら い ッ ! ! 





松明をかざしていざ莉々亜に手を伸ばそうとしていた群集が、 突然ピタリと動かなくなった。まるで氷付けにされてしまったかのように、伸ばした指先から風になびいていた黒髪までもが、ピタリと固まって動 かない。

「な、何ッ!?」

ほとんど悲鳴に近い声で莉々亜が叫んだ。不意に、自分の顔に黒い影が差す――ぎょっとして顔を上げ ると共に、莉々亜は首根っこの辺りにグイッと衝撃が走り、足が地面から離れたのを感じた。

「へっへーんだ!ザマァ見やがれクソオヤジ ィィィッ!!」

耳元で聞こえた叫び声にブルッと身を震わせて、莉々亜は自分の背後を振り返った。鼻の高い、どこか見覚えのある顔が、 ニヤリと口角をひん曲げて笑っている。薄い色の髪がサワサワと風になびいて、そのたびにキラリと耳飾が光った。

(………ッて!!結局 本当に攫われてんじゃないのよ異人めッ!)

ハッと気付いた莉々亜が、たった今思い出したように猛烈に暴れ始めた。

「どわッ! !」

男が奇声を発してよろめいた。莉々亜はバタバタと泣きじゃくる子供のように手足を暴れさせ、無我夢中で男の手から逃れようとした。 しかし、男の腕力が思いのほか強すぎる――か細い手足がどんなに暴れようとも、莉々亜を取り落としたりはしなかった。

「おいッ、暴れ んじゃねェよクソガキ!」
「いーやーだーッ!!はーなーせーよーーーッ!!」

しかも男はうざったらしいくらいに粘り強い。こうな ったら最後の手段!――莉々亜がギラリと鋭い犬歯を剥き出し、そいつの腕に噛み付こうとしたまさにその時、前方で何かが鋭く光ったのが見えた。



 星 屑 乱 舞 ! 
 の わ ぁ っ ! ! ! ! 
 う ぎ ゃ ぁ ぁ ー  ッ ! ! 



こんな状況でなかったら、きっとこの美しさに見惚れていただろうに。そう思ってしまうほど華麗にきらめく 幾多の星屑が、夜闇の彼方から乱れ舞ってきた。男が思わず莉々亜を抱き庇い、莉々亜は恐怖にまるで色気のない悲鳴を上げた。

「馬鹿女 !単体攻撃にしろっつったろ!!」
「あぁっ、そうだった!これは失敬!!」

飛んでくる神田の怒声との呻き声。あぁこんな んじゃ助けられる前に過失致死だ――莉々亜は内心でホロリと涙した。

「むむ!早速邪魔者出やがったな!」

男が片腕を自らの背 に回し、死神の鎌のようなものを取り出した――男の身長ほどもある長い柄の先から、弧を描いた鋭い刃が柄の半分ほどの長さでギラついている。 頭蓋骨の装飾品が、刃の根元に通してあった。

「姿見せやがれ!! 影 割 り ! ! 
 ぅ げ ッ ! ! 

アレンの呻き声と共に、目の前に広がっていた闇がパックリと割れた。異人三人の硬直した姿がおぼろげな月影に晒し出される。


 何 処 の 世 界 に 正 面 か ら 闇 討 ち す る 馬 鹿 が い る ん だ ー ッ ! ! 


莉々亜は頭を抱えてそう叫びたかった。異人三人は忌々しげに、舌打ちしたり赤毛を掻き毟ったり眉をしかめたり。馬鹿なのか間抜けなのかよくわ からない。そして男は莉々亜を左腕に抱えたまま、さらに鎌を振り上げた。


「食らえッ、 死 神 乱 舞 ! 


振り下ろされた鎌の先から空気がパックリと切り裂かれ、ブワッと何か黒いものがおどろおどろしげに飛び出した。すかさずアレンが飛び出して、 左手の対アクマ武器で乱雑に薙ぎ払った。


 十 字 架 ノ 墓 ! ! 


流れ技で放った攻撃が男をふっ飛 ばし、彼と莉々亜を見事引き離した。莉々亜はよろけながらもすんでのところで地面に着地し、バタバタと必死に神田の方へと駆け寄った。アレン も神田の方へ駆け戻るが、だけは剣を抜いて再び身構えた。

「いってェ〜……何、オマエら何気やるじゃねェの」

気抜け た声を上げ、男がまた体を起こしていたのだ。アレンが莉々亜を庇い立てるように抱え込み、神田が六幻に手を伸ばした。が、それを制するように 、がスッと左手を突き出してきた。

「あいつはわたしが相手する。神田くんとアレンくんは莉々亜ちゃんを連れて松村家へ戻って」

え、大丈夫なのかなこの人で……莉々亜は少なからず不安を覚えた。だって神田やアレンと比べると、彼は背も低いし随分と華奢だ。神田 も細身な方だが、でも良く見れば結構筋肉質だ。

「お前一人で大丈夫なのかよ」 案の定神田が唸った。
「そうですよ、正体不明の男 と対決なんてホントは怖いんでしょうが!」 アレンも叫ぶ。



「大丈夫だよ。わたしはもう前みたいに弱くないから」



そう言って、彼は手早く髪を一つに縛り、剣を構えて正面に向き直った。アレンと神田が顔を見合わせて、仕方なく溜め息をついてから、莉々 亜を抱えて地面を蹴った。莉々亜は最後に、彼の剣が黄金に眩く光り輝いたのを見た。



「目覚めよ神剣 神の呪いよ」



黄金の十字に埋め込まれた透明の水晶玉のイノセンスが、カァッと黄金の光を放った。赤毛が、風もないのにバッと後方へなびき出す――そし て根元から墨色に侵食され始め、彼女の瞳も濁りのない黒へと色を変えた。



イ ノ セ ン ス  第 二 開 放



 三 日 月 飛 来 刃 ッ ! ! ! 



乱暴に振るって現れた光り輝く三日月状の切れ目から、黄金の 巨大な刃が飛び出した。三日月型の飛来刃は、闇を切り裂いてまっすぐと男の喉を目掛けて飛んでいく――。


 暗 黒 飛 来  刃 ! ! 


相手が鎌を横に振るった。まるでの攻撃法を見よう見真似で切り返してきたみたいだった――空気の裂け目 からどす黒い刃が飛び出し、ギュンギュンと音を上げてこちらの喉を目掛けて飛んでくる――。


バシュッ!――


二つの飛 来刃は、空中で混ざり合って相殺した。男との顔が歪む。両者とも考えたことは同じ――こいつ、人の攻撃真似するのが趣味なのか?まぁ いい、どうせ勝つのはこっちなんだから――と。



 日 光 柱 ! ! 」  「 暗 黒 柱 ! ! 



今度は二人の声が重なった。



バシュッ――前方で真っ白い光の柱が上がったと同時に、はゴッという暴風を 纏った暗黒に、足元から包まれた。団服が千切れかけ、闇色の雷光ほとばしる闇に肌が切り裂かれる――唸りを上げる壕風に息も苦しくなった。


「ゥウッ……苦しッ……!」


ガクンと膝をついたとたん、相手に上がっていた光の柱がフシュンと力尽きて散った。同時にむ こうもガクリと方膝をつき、放った闇の柱も力尽きて散った。両者とも服から髪からもはやボロボロだ。

(相手の動きを封じれば何とかな るかもっ……)

はゲホッと大きく咳き込みながらも、必死で恍輝を握り締め、切っ先を空高く突き上げた。



 呪  神 束 縛 ! ! 



ジャラン、と鎖の擦れるような音がした。ほぼ同時に、相手も鎌を地面に突き刺して叫んだ。



 死 神 束 縛 ! ! 



地の下から、ジャランと鎖の音がした。!?――が慌てて足元を 見やるが、既に遅し――の佇む地面は、まるで塗りつぶしたように真っ黒に染まり、そこから黒い鎖が蛇のように飛び出してきた。

「ッ!!しまっ――」

鎖はの口をきつく締め付け、両手足を強くからめ取り、胸や腹、首元までをも束縛した。地面から突き出し た鎖に縛り付けられ、その上息も苦しくなり、早くも神田たちを先に行かせたことに後悔し始めた。

「ッ、くそ!!――」

男も同 じく悪態をつき、天から降ってきた黄金の光り輝く鎖に、口と首、両手足、そして腹や胸を束縛された。


……ッ光磔呪殺!


口を締め付けられたまま、は必死に頭の中で念じた。地面に転げ落ちていた恍輝がパッと光り、同じく束縛されたままの男の胸前に盾ほど の大きさの光の十字架が浮かび上がった。


……殺せ!!


頭の中で合図を出すと共に、十字架が男の胸に刻み込まれた――痛 烈な悲鳴が響き渡り、真っ赤な鮮血がとめどなく噴き出す。






――ほぼ同時に、の体からも、生暖かい血 が噴き出していった。






―――え?


視界一杯に広がった鮮血に、目が霞む。の胸元には、どす黒 い闇色の十字架が、深々と刻み込まれていた。









(下手いなぁ文才ほしいなぁ。実はこの『男』、第18話に出てます)