「うっわぁ………!!」

アレンが彼方の暗い夜空を見上げて感嘆の声を上げた。まるで天使でも舞い降りてくるのかと勘違いしてしまうよ うな、黄金に輝く鎖が雲の狭間から垂れ下がっている。の対アクマ武器が放ったに違いない。

「あれ、なんかデジャ・ヴ」
「知るかよッ!それはいいとして、一体こりゃどうなってやがんだ!?」

何だか毎回に逃がされているような気がしないでもない。 しかもこうやって戦闘不可能の人間を背負って。
――というくだらない呟きは、神田にそりゃもうバッサリと斬り捨てられた。



「松村家がどこにもねェぞ……!!」



帰還



「はぁッ……はぁッ……!!」

鎖から解き放たれ、両者が再びガクンと膝を突いた。俯けば地面に真っ赤な血が滴る。ひどい激痛と共に嫌 な吐き気が全身を襲った。これは流石にあれだ――「ヤバい」。今のところ互角だからまだいいとしても、この調子じゃそう長くもたない。

「――ッ!!」

全身に突き刺すような殺気を感じ、は再び恍輝を取り上げて身構えた。直後、鋭い鎌の刃がギィィン!と甲高い音 を上げて恍輝と組み合った。どうやら男はあれだけの傷を負っていながら、まだ動けるようだ。

乱暴に鎌を薙ぎ払い、その場で鋭いスピン を加えて男を踵で蹴りつけると、ダンッと地面を蹴って後方に飛びのき、一定の距離を取った。男は蹴りを食らった腹を押さえて体を折るが、すぐ に体勢を持ち直して闇を飛ばす。

「日光柱……ッ!」

飛んできた闇を、地面から突き上げられた光が浄化する。その光が消え入っ た時、はぎょっとして、思わず「あっ」と息を呑んだ――光の陰に隠れて、男が飛び掛ってきていたからだ。

「うりゃぁっ!!」

男の足がギュンと空を切って飛び、脛がの腹を打った――あまりの激烈に体が耐え切れず、口から血が溢れる――そして、そのま まの体は後方に吹っ飛び、背中で松明を薙ぎ倒して地面に叩きつけられた。

火が土に零れ落ち、巨大な炎と化して一瞬にして辺り に広がった。

「うっ………」

腹を腕で押さえながら、はゆっくりと体を起こす。そして自分の腰越しに見えた、男の黒い 影。
その姿に、あの夢の光景が重なって見えたような気がした。




「 ! ! 」




突如あたり一面に広がった残虐な光景に、アレンも莉々亜も流石の神田も思わず息を呑んで立ち止まった。先ほど莉々亜が男に拉致さ れた場所――すなわち『御神』の石像の周辺が、まるで戦場の跡地と化していたからだ。

あちらこちらに広がる血の海、干からびて転がっ ている何十もの死体。

「全員、血を、抜かれている……!!」
「……チッ、やられたな」

アレンと神田が口々に呟いた。莉々 亜が震える悲鳴を上げて、アレンの団服に抱きついた。鼻腔をつく鉄の臭いからは、どんなに鼻を覆っても逃れることは出来ない。まるで地獄絵図 だ――と三人は目を閉じた。

「この石像の怒りがヒートアップしてるんでしょうか……一度にこんなに人を殺すなんて」
「――私の家 は、一体何処に消え――ッ」

莉々亜の声が中途で奇妙に跳ね上がり、代わりにドスッという鈍い音が轟いた。ぎくりとしたアレンたちが慌 てて振り返る。


「莉々亜!!」


アレンが叫んだ。莉々亜の背中には、石柱がズブリと深く、突き刺さっていた。




辺り一面火の海だ。真っ赤な炎がごうごうと空へ伸び、賑やかであったはずの村を黒い瓦礫の山へと変貌させ ていく。空は不気味な色をしていた。巨大な炎に照らされているように、真っ赤な空だった。




 ゃ あ ッ !  

横薙ぎに飛んできたキックを、弓なりに背中を反らして慌てて避け、その勢いにかこつけて両足を振り上げ、バック転蹴りで男の顎を 蹴り上げる。そして地面に両足をつけるなり、傷口がパックリ開いて血があふれ出すのを感じ、は舌打ちした。

 暗 黒 飛  来 刃 ! ! 

男がしつこく攻撃を打ってくる。は鼻先で剣を縦に構えると、刃裏を左手でしっかり固定して飛来刃を 受け止めた。押し返すようにして振り払うと、暗黒飛来刃は地面に叩きつけられて、ガシャンと音を立てて砕け散った。

 神 罰  ノ 矢 ! ! 

剣先をまっすぐ前に突き立て、細く鋭い光の筋を放つ。男は首を傾けて紙一重でかわし、高く飛び上がってから、 鎌を目掛けて振り下ろしてきた。慌てて横っ飛びに避けるものの、体の傷が痛んであまり距離を置くことが出来ない。

とりあえず 逃げなきゃ――そう思って立ち上がろうとした刹那、何か強い力にぐいっと引っ張られ、無様に地面に叩きつけられた。


「ッ!?」


一体今度は何なんだ!?が振り返って自分の足元を見てみると、すぐ傍に男の振り回していた鎌が突き刺さっていた。の 体から伸びる、黒い影に、深々と。

「お前の影、もーらい!」
「!!」

耳元で声がした。慌てて逃げようとするが、どういう ワケか体は脳みその言うことをちっとも聞いてくれない。は男の痛恨のパンチを思い切り腹に食らい、ウッと呻いてまた血を吐いた。

―――影!あぁ、そうか、

ゲホッと大きくむせ返りながら、はピンときた。

―――こいつはわたしと真逆で、闇に関 わるものを自由に操ってるんだわ……!

「(影を捕らえられたんなら、この影を動かしてしまえばいい……!)」

は再び 恍輝を握り締め、口元に滲む血をぺろりと舐め上げてから、目を閉じて強く念じた。二人の周りで、バチバチと炎が火の粉を上げながら肥大してい く。その炎が、不意に光を失った。

「――何ッ!?」

突如真っ暗になり、男が息を呑んだ。炎から奪った光が、恍輝に吸い込まれ ていくのを感じる――。


 火 炎 柱 ! ! 


が叫ぶと同時に、真っ赤な光がが男の死神鎌との 体との間からまっすぐと突き上がった。光の場所が変わり、上手い具合にの影が前方に移り変わる――鎌が完全に影を逃した。

「 あぁっ!ちっくしょ――」

男が悔しげに叫び、逃して堪るかと咄嗟に手を伸ばしてきた。今まさに立ち上がろうとしていたは、後 ろ手を彼の手に捕らえられる。嘘のようにあたたかい、やんわりとした感覚が、の手首を包んだ。






――― 絶 対 、 戻 る よ ―――






男がを手放した。が目を見 開いて振り返った。


ドクン、と心臓が波打った。二人の間に流れた時が、一気に止まったかのようだった。の赤毛が風に揺れ る。男の茶髪がなびく。光を取り戻した炎が、また唸りを上げて広がり出していた。


―――しっかりしろ、!―――

炎の中に、響き渡る声。

―――傍にいてよ!もう一人にしないでよぉ!―――


ま さか。まさかまさかまさか。の手からカランと恍輝が滑り落ちた。男の手からガシャンと死神鎌が転がり落ちた。バチバチと勢いを増して 広がっていく炎の中、まるで心臓が鼓膜の裏にくっついたみたいに、ドクンドクンと煩わしく脈打ち始めた。






――― うそつき ―――






ああ、嘘じゃなかった。さわり、と揺らぐ赤毛の中で、 涙が一筋頬を伝った。体中に刻み込まれた傷が、唐突に疼き始めた。涙が土の上に零れ落ちる。かすれた小さな嗚咽が、炎の音に呑み込まれた。

………?」

男が小さく囁いた。彼の目からも涙が一筋、頬を伝って地面に落ちた。


「………お兄ちゃん、」









(あの時と同じ、炎に包まれた戦場の中に、確かに彼は戻ってきた)