残り九秒、キューピッドのキックオフ。ここでアイシールド21がタッチダウン一点入れれば、すんなり逆転勝利だ!高いキックがキューピッドに 束の間の安心を与える。けれどそんなんで終わるものか! 11 scarecrows 「チッ」 舌打ちしながら、ボール着地地点へとすべり出たのは泥門デビルバッツ1番の蛭魔。助っ人たちとは大違いの、力強い見事なキャ ッチングでボールを確保、そのまま横にトスをする。 「来た来た、小早川!!」 ずずいと体ごとビデオカメラを乗り出させ、 そのレンズにはしっかりとボールを受け取る21番が映し出された。 「「行けッ!!」」 タックルされて倒れかけた蛭魔と、 ビデオを構えたの声がピッタリとハモッた。瀬那の足が、爆速ダッシュを披露する――。 が。 「「逆だーーーーーーーー!!!」」 自殺点いれてどーすんだボケッ、という蛭魔との心の声ま でまたしてもピッタリ重なった。 瀬那はビックリして急ブレーキを掛けたが、そこでシューズが砂の上で滑った――砂埃がワッと舞い上 がり、瀬那の小さな体はその中に紛れ込んでしまう。 「あ・の・バカ!またスパイク!」 「え、人工芝用!?」 怒りに牙を剥 く蛭魔のヘルメットが、頭からすっぽ抜けて落ちた。栗田が飛び上がれば、彼のヘルメットもまた地に落ちる。 「ごめん。運動靴だ」 履き替えさせ忘れましたとが声を上げると、栗田と蛭魔がスッテーンと大袈裟にコケる真似をしてみせた。そんなにマズッたか な…あ、マズいかそりゃ。 「終わったか…」 の隣に(いつの間にか)腰掛けていた石丸が、残念そうに視線を伏せた。 砂埃がもうもうと立ちこめる中、初條は早速嫌味を引っ掛けるつもりなのか、砂埃の中に駆け寄っていった。 「おや〜?知ってる かな〜?コケたら終わりダヨ??」 砂埃が段々と薄くなり始めていた。も終わったのかと僅かに惜しむようにビデオを止め、液晶ウィ ンドウをパタンと静かに閉めた。 そうして目を閉じた時。 黒い視界の中、白い殺気がスパッと目の前を横切っていくのを 感じた。 「――来る!!」 ザッとビデオを再度構えなおし、は立ち上がった。微妙な沈黙の中、誰もがその 言葉に反応して顔を上げた。そして、黒い視界の中で予知したとおり、砂埃を突っ切って、赤いそれは姿を現す――。 ドッ…!! 初條をビビらせて、砂地を蹴り飛ばし、向かい風を切り捨て、の目の前をスパッと横切り。ビビリ屋さんでひ弱、そんなパシリの男の 子は、緑と赤の仮面の裏で目を覚ます。 が瞼の裏で感じた殺気の通行ルート。瀬那は忠実にそれを通ってエンドゾーンに向かっていく。 11人のかかしを、まず1人追い抜いて…2、3・4――5・6・7!! 「潰せーッ、全員でかかれ!!」 初條が声を張り上げた。 一度追い抜かれたものは、もうこのスピードに追いついて止めることはできない。残ったのは4人――ピンクのユニフォームが四つ、いっぺんに アイシールド21に襲い掛かった。 ふと、の予測した殺気のルートがキューピッドに遮られた。いや、まだ残っていることは残っている。 が、非常に狭いのだ――人が一人も通れないほどに。 「あ、ダメ、せまい!!」 「ひいいいい、ダメだ細いー!!」 の 声と瀬那の金切り声が重なった…瀬那は身を守ろうと急ブレーキを掛け始める。諦めかけたそのとき、アイシールド越しに赤いユニフォームが二つ、 飛び出してきたのが見えた。 1、77――蛭魔、そして栗田だ。 蛭魔は細いその全身に力を入れ、跳びかかってきた敵を両手で止め た。栗田はその巨体で敵の上にのしかかり、敵は完全にぺっちゃんこだ。 殺気の道が、敵を排除したそのフィールドでまた再び広がった。 「あ!道が開いた!!」 が歓声を上げるとともに、瀬那が一気に四人を抜く。もう誰もいない! 誰にも止められない!! 「 タ ッ チ ダ ー ゥ ン ! ! 」 審判が両手を挙げ、ホイッスルが空の下に鳴り響いた。 点数版に、六点が加算される――これで逆転勝利! 「 Y a - H a - ! ! 」 蛭魔が花火に着火した。青い空の 中へ、色とりどりの花火が舞い上がっていく。 「初勝利〜!!デビルバッツ初勝利〜!」 栗田に至っては泣きながら選手をお手玉 にしてしまう始末。もちょっぴり嬉しくなって、ビデオのレンズをデビルバッツ一同へと向けた。歓喜に走り回る彼らが、テープに収められる。 「あ、石丸君!セナいる?」 ふと聞き覚えのある声がして、誰かが駆けて来た。短い茶髪の女性が、石丸の方へ駆け寄っ ている。 「主務でミスったとか、ヒル魔が…裏で殺されてる」 「え!?」 ギクリと揺れるその顔は、にしっかりと見覚え があった。自分と同じような色の、けれどもっとあたたかい彼女の水色の瞳がシリアスなオーラを取り巻きだす。 「ホレ急いで裏に戻れ! バレたらブチ殺すぞ!!」 蛭魔がげしげしと瀬那の背中を蹴って追いやり、瀬那は悲鳴を上げながら校庭を飛び出していった。 女性が 慌てて焦りながら、校舎裏へと走り出す――。 「部長、部長。あの女、誰?」 「あぁ?」 一人ベンチに戻った蛭魔に問いかけ ると、蛭魔は表情をゆがめて、あからさまに面倒くさそうな顔をした。 「二年の姉崎まもり、セナのお守り役。なんだ?知り合いかよ」 「まさか。名前もポジションも今知りました」 はしれっと肩をすくめてなんでもないような表情を取りつくろい、ごまかすように 荷物の整理へととりかかった。そんなの背中を、蛭魔はドリンクに口つけながら訝しげに見つめる。 「何だぁ?あの女…」 ぐっと一口水を流し込み、ボトルを下ろして口を拭く。とそのとき、小校舎裏から荒い足音が飛び出してきた。 「ヒル魔!くん!」 突然飛んで来た怒声、蛭魔はくたびれたように振り向き、背後の人物・怒声の持ち主を視界にいれた。激怒の表情を浮かべた姉崎まも りだった。 「まもり姉ちゃん…違…っていうか、その――」 オロオロと手を伸ばす瀬那。 「姉崎が怒ってんの初めて見 た……」 「ヒル魔に突っかかってるよ…知らねーぞ〜」 石丸と、他の助っ人達が口々に呟いた。 <<BACK * INDEX * NEXT>> |