待ちに待ったお昼休みのチャイムが鳴りました。あたしは昼飯を買ってくるようクラスの不良さん兄弟に言いつけたところ、予想通り反感を買い まして。





Where is my weapon?




「ハ?」
「ハァ!?」
「ハァアァ!!?」


そ、そんなに怒んなくたっていいじゃん。そんなに 怒るとちゃんも怒って一億倍返しで仕返ししちゃうぞ!

「だから、昼飯をお買いになってと申したのですが」
「なんで謙譲語?」

十文字一輝が冷静に突っ込んだ。彼はちょっとばかし頭が回るタイプみたいだ。

「俺らをパシリに使おうとはいい度胸してんじ ゃねーか」

黒木が鼻の穴を膨らませて詰め寄ってくる。はハイハイと呆れ顔で向こうに押しやりながら、クラスの様子を伺った。
あの三人、マジで馬鹿なんじゃねーのか?ってそんな感じです。

「だーってお財布持ってきてないし」
しかもタダ働きか
「購買まで歩いていくの面倒だし」
購買すぐ近くじゃねーか
「プリンとかシュークリームとかショートケーキとかショコ ラパンとかチョコラスクとかマジうまそうじゃん」
それは果たして昼飯なのか?

グダグダ言い訳をしてみたが、十文字に ことごとくビシバシ叩き出され、少し哀しくなった。今日はいつもの奴隷が熱で欠席なので、一番目に付いた派手な野郎を捕まえたのですけども。 ちょっと見誤ったかもしれない。

「テメーはよォ。俺らにそんな口利いていいとでも思ってんのかァ?あぁん?」
「そのセリフ、そ っくりそのまま貴様にお返しする、たわけ者めが」
何時代生まれだテメーは!

今度は黒木に突っ込まれた。ボケたのはわ ざとだが、そこまで感情をこめてつっこまれると、流石にこう……イラッとくるものがある。


――で、そんなわけで。


「へーぇ?いいのかしらー?あたしにそんな口叩いてー」

そう言いながら自分のカバンに手を突っ込み、ノートパソコンを取り出そ うとしたのだけれど。

「……………………………………………………………………あれ?

思わずそん な声が出た。カバンを見下ろして、パソコンをもう一度良く探してみる。三人組も黙って一緒にカバンを覗き込んできた。

ない。
あたしの最大の武器がない。
なぜだ。さっき使ったばかりじゃねーか!
銃まで一緒に盗まれてやがる!!

「で?逆ら うとどーなるんだ?」

戸叶が詰め寄ってきた。どうしよう。脅迫ネタがわからないから、脅すことができない。

(マジで?初め て焦ってんだけどあたし)

焦りってこういう感情なんだね、と奇妙なほど冷静にその感情を噛みしめ、は三人に向かって必殺技の飛 び回し蹴りを炸裂させ、急いで購買へと叩き出した。

「オラ行って来いこのクソッタレ三兄弟!!三分以内にあたしんとこ持ってこねー と次は袋叩きにすんぞ!!」



+++



「ヒル魔ァ、今度の王城戦、ホントにさん来るのかな?」

昼 休み、巨大な弁当箱をほとんど一口で平らげながら栗田がポツリと切り出した。蛭魔はノートパソコンをカチカチやりながら、口元に不敵な笑み を浮かべている。

「俺の計画は一度も狂ったことがねえ、余計な心配してる暇があったら練習してやがれ」
「ヒル魔はいつも余裕だ ね……」

栗田は二つ目の弁当箱のふたを開けながら苦笑した。

「あれ?」

ふと、栗田が蛭魔の手元を見て声を上げた。 蛭魔はノートパソコンをカチカチやりながら、自分の手帳に何かを書き写したりしている。アップル社製のノートパソコンが、ウィンドウを閉じ たり開いたりしていた。

「ヒル魔のパソコンって、Vaioじゃなかったっけ……?」

思い切り眉をひそめてそう切り出したとき、 屋上のドアがバンと跳ね飛ばされんばかりの勢いで開かれた。

ヒル魔妖一ィ!!

のお出ましだ。

「テメーあたしのパソコン返しやがっ――何してんだテメェ」

はズカズカと近づき、蛭魔の手元を覗き込んでから愕然とした。蛭魔 はしきりにペンを動かしながら、パソコンの中の情報を手帳に書き写しているのだ。

――つまり、のかき集めた脅迫データを。

カンニングか!!
「お前はさっきからなぜタメ語で話す?」

蛭魔が手帳を閉じ、ノートパソコンも閉じて、自分の脇 に抱え込んだ。スッとの目が細くなる。蛭魔はそれを見て、口の端をこれでもかというところまで吊り上げて見せた。

「貴様、いつ あたしの武器を取りやがった?朝か?8時23分の校門前でか?」
そこまでわかってんならわざわざ訊くな糞悪魔

今日は気 分的に突っ込まれデーなのだ。は次のボケを考えながら、同時に、どうやって蛭魔からパソコンと銃を取り返すかを慎重に考え始めた。

「で?テメーはいつの間にここまでデータ収集をしたんだ?呆れるほどだな、アメリカだけじゃなくてバチカン市国まであるぞ」
「努力 の賜物じゃい。どーでもいーからそいつを返せ!」

気がつけば、は腰を低くして今にも飛びかかろうとしていて、蛭魔も腰を低くし ていつでも逃げられるようにしている。栗田が二人の傍らでオロオロと立ち往生していた。

「交換条件だ」

蛭魔がニヤリと笑っ て言った。

「来週の第二回戦前日まで、テメェに俺と勝負してもらう」
「上等じゃねーの!種目は?空手?合気道?柔道?テコンド ー?」
「頭脳戦だ」

蛭魔がバシッと言って、自分の『脅迫手帳』とのノートパソコンを高く掲げた。

「結果がどっちで あろうと、こいつは勝負終了と同時に返してやる。写させてもらった礼に俺の脅迫ネタも提供してやる。ただし、もしも俺が勝ったら、お前には アメフト部の公式な主務になってもらう」

……リスクでかっ。

「じゃ、あたしが勝ったら?」

は闘牛士に襲 いかかろうとしている猛牛のように、足で地面を掻きながら唸った。

「――ま、そうだな。チア部創設許可なんてどうだ?」
「上等」

がニヤリと頷き、姿勢を正して背中で手を組んだ。蛭魔も姿勢を正し、ノートパソコンを栗田に預ける。

「勝負内容は」

蛭魔がゆっくりと切り出した。二人の間の空虚に、冷たい風が吹き込んで、桜の花びらが一枚フワフワと舞い上がった。しかし、二人の表情 はそんな穏やかなものではない。

限界まで口の端が吊り上がり、「ニヤリ」という擬音語では言い表せないような不敵な笑み。


「お互いの弱点を探りあい、先に弱みを握った方が勝ちだ。どうせテメーもそのつもりだったんだろ?」
「ああ、ヒル魔妖一の弱みか。 こりゃ大変そうだなー」


の冷たい笑みには、バチバチと雷光がほとばしっていた。スラリとした蛭魔の背後には、獲物を目の前 にして牙を剥く猛獣の獰猛な唸り声が響き渡っていた。

「テメーの弱み、三日で叩き出してやる」
「そうはいかない。すごく苦悩す るわよ」

先ほどまで明るかった青空に黒雲が覆いかぶさり、バシィッと雷が地面に突き刺さった。叩きつけるような雨がガラス窓をかち 割ろうと暴れ回り、その中で、戦いの幕が切って落とされた。



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