何としてでも勝たなければ。アメフト部の主務になんてなりたくない。チア部創立許可、いただけるものならいただきたい。第一、負けなんて言葉 はあたしに似合わない。





Nightmare




「ヒル魔妖一覚悟しゃーがれ!!テメェの弱み絶対先に握ってやっからな!!」
覚悟しとけ!!テメェの弱みは絶対俺が先に握る!!」

朝っぱらからうるせぇよ、なんて誰も言えるわけがなく。ここのところ毎朝続くこの勝負を、生徒たちはガタブル恐怖に震えながら傍観す るのであった。

「クッソ、想像以上に手ごわい女だ――いったいどんな生活してきやがったんだ!?」

勝負が始まってから5日ほど 経過したある日の部活練習時、蛭魔はグシャッと紙コップを握りつぶしながら悔しそうに歯噛みした。コップの中身がビチャッと床に滴り、まもり がヒクッと顔を引きつらせる。

「ヒル魔くん……そこ、たったさっき私が掃除……」
うるせェしつこい話しかけんな

今にも爆発しようとしているまもりを、蛭魔はまた憎まれ口で追い返そうとした。まもりはさらに怒りを募らせながら、モップを片手に掃除を始め る。


「――どうして、そこまであの子にこだわるの?」


まもりが言った。蛭魔は脅迫手帳をめくる手をピタリと不自然に 休め、表情を硬くした。まもりもモップで床をこする手を休め、静かに蛭魔に向き合う。蛭魔は未だに手帳の紙面を睨み続けていた。

「ほ かの子でもいいじゃない。セナだけで充分じゃない。彼女は必要ない。むしろ、いない方がいいと思う」

まもりはさらに続けた。蛭魔がそ っと手帳を閉じる。部室の外では、瀬那と栗田が騒がしく校庭で筋トレを続けているところだった。他の部がランニングしながら部室の前を通り過 ぎていく。

「それは、お前がアイツが『人を殺そうとしている』場に居合わせたからか?」

蛭魔の声は低かった。地を震わせるよ うな冷たさを帯びていた。

が『人を殺しかける』なんて別に珍しいことじゃねェだろう……だからそんなことは気にしねェ。むしろ 『人を殺しかけ』られるほどの気迫がなきゃうちの部の主務は務まらねェよ」
「確かに……さんが他校との喧嘩でよく生徒を半殺しにする とか、そんな噂は頻繁に聞くけど……」

まもりはモップを握る手に力をこめて言った。

「でもあれは!彼女が不良相手のケンカに 圧勝してたとか、そんなんじゃない!本当に殺人鬼の目だった!」



「まもり姉ちゃん!」

背後か ら、瀬那の声がする。まもりはふっと振り返って、走り寄ってくる少年に笑顔で手を振った。

「セナ!どうしたの?今日は学校早かったの ね!大丈夫?いじめられなかった?パシリにされなかった?」
「だ、大丈夫だってば、まもり姉ちゃん!」

恥ずかしそうに顔を真っ赤 にして、瀬那がピシャリと言った。自分でもお節介だと思っている――が、やっぱり瀬那のことになるとどうしても放ってはおけないのだった。

「入試も近いんだから、風邪引かないようにちゃんとあったかくしてるんだよ。ホラ、早く家に帰って勉強!」
「はーい……。まもり姉ち ゃん、一緒に帰らない?」
「ううん、ごめんね。これからスーパーに寄らないといけないの。遅くなるから、セナは先に帰ってて」

ま もりは今朝出掛けにお遣いを頼まれていたのだった。瀬那は「そっか」とだけ言うと、笑顔で手を振って駆けていった。まもりはしばらくその背中 に手を振っていたが、やがて彼が見えなくなると、そっと手を下ろした。


―――その時。


バキッ!


思わず、目をつぶりたくなるような鈍い音が鼓膜を突いた。まもりはビクッと肩を震わせ、ほとんど反射的に音源の方を振り返 った。角を曲がった、住宅地のど真ん中からだ。

「よく苦しめよ……自分だけ逃れようなんて、そうはいかねェんだからな!」

聞 こえてくるのは、怒りと憎しみに打ち震えた、か細い少女の声。その声は、ケンカ慣れなんてしていないまもりにすら感じ取れるほどの、すさまじ い殺気に包み込まれていた。

聞いているだけで、全身を氷漬けにされてしまいそうな、そんな声だった。

その場に釘付けにされた ように立ち尽くすまもり。そんな彼女を突き動かしたのは、少女の声に次いで飛んできた、カサカサに掠れたうめき声だった。


「やめ てく…れ……殺さな…いで…くれ……頼む……!」


今にも途絶えてしまいそうな、掠れた弱々しい声。その直後、またバキッと頬を強 かに打つような音がまもりの耳に飛んできた。まもりはほぼ無意識に駆け出していた。音の、声のするほうに向かって。

角を曲がり、飛び 出したまもりの目に飛び込んできた光景――。
一人の小柄な少女が、でっぷりした男性の首を渾身の力で絞めつけているところだった。



「何やってるの!?」



「………ッ!!」

ハッと目が覚めた。は屋上の隅で、自分の腕を枕に昼寝をし ているところだった。随分と長い間寝てしまっていたのだろうか、あちこちが少しこっている。

「ヤなモン思い出しちまった……」

ボソ、と独りで呟いて、はその場に座りなおす。手に残っているあのときの感触――止められなければ、人を殺していた。それがすごく忌々し くて、そしてあの事件の動機がまだ頭の片隅に残っていて、ウザい。

「……あたしは、いつだって独りぼっちや」

地面に投げ捨て られた鞄から、小型銃器が顔を覘かせている。それは、彼女が独りぼっちでいる理由の一つ。

「全部、全部全部全部、アイツのせいや」

アイツさえおらんかったら、きっとこんな女ならんで済んだ。アイツさえおらんかったら……。



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