なーんだ、時間サバ読んで早めに来させたくせに、自分は一番遅刻してる。つーか、何でみんな私服なのさ。 ひょっとして、制服で来たのはあたしと小早川だけか?





Before the game




「おー、集まったか」
「なんだ、自分が一番遅れてんじゃねーか」

黒いTシャツ、黒いズボン、黒い革靴。そんな格好で現れた蛭魔 を見るなり、佐竹は目を細めた。まったくご尤もだよ、と心の中で悪態をつくは、少々ご立腹だった。
しかし、蛭魔を見るなり他の助っ 人たちは嬉しそうに顔色を変える。

「「「「で、超可愛いチアリーダーってのはどこ??」」」」

口をそろえてウキウキと顔を ほころばせる男ども。

「おー、後で来る」

そんな彼らに向かって蛭魔は、ポケットに手を突っ込んで、ふんぞり返らんばかりに 胸を張る。その傍ら、瀬那はフイッと彼らから視線を逸らし、うんざりしながら呟いた。

「ウソばっかし……」

あ、ウソなんだ。


「なぁ、もう全員そろったのか?いつ出発すんの?」 とが聞いた。
「えーと、あと一人かな?栗田さん遅いな…」
罰ゲーム

キョロキョロと瀬那が辺りを見回していると、蛭魔が口を挟んできた。なんだか詳しくはわからないが、栗田はなんかの 罰ゲームでまだ来ていないらしい。

「あ!そういえば!罰ゲームってどんな!?」
「試合前にそんな酷いのやらせるかよ。ただの荷 物運び」

瀬那の問いに蛭魔がしらっと答えた。

「なんだ…良かった」

瀬那はホッと胸を撫で下ろし、安堵の溜め息を吐 いた。

「あ、そういえばヒル魔!ホントに手ぶらで来ちゃったけどいいのか?」

そう声を上げたのは石丸。言われて初めて気付 いたが、助っ人達だけでなく瀬那も蛭魔自身も、部の必需品どころかカバンすら手にしていない。

「ああ、全部こっちで用意してる」

蛭魔はコクリとひとつ頷き、自慢げにニタリと口端を吊り上げた。

(ん?待てよ、荷物運びって――)

なんだかちょっぴり 嫌な予感。『栗田』って人がなんかの罰ゲームで荷物運びを任命されて、そして必要なものは部活の方で用意されている、と。だけど部長も主務 も手ぶら、副主務のだって手ぶら。

――ひょっとして、『栗田』って人が全部持ってくるんじゃ…?

訝しげに考えを張り巡 らせていると、背後からズズズという何かを引きずる音がして、小さな自分の体の上に巨大な影が差した。助っ人達は目を丸くして、の背後 の『それ』を凝視している。

「お、来たか糞(ファッキン)デブ。じゃあ出発だ」

気付いて蛭魔が歩き出す。恐る恐る瀬那 とが振り返ると、そこには巨大な栗頭の先輩が、高さ2m幅2m強もある重荷を引きずっている姿が――。

「わりと重いねコレ」

あれで「わりと重い」のなら、きっとトラック一台片手でヒョイも夢じゃない。

(よかった…助っ人一人見つけといてホンットに よかった…)

ビクビクと怯え震える瀬那の隣で、蛭魔は悪魔の笑みを浮かべていた。




+++




前が見えないほどの量を積み重ねて運び入れた大荷物。よくこれだけの量が入ったな、と感心していると、偶然にも乗車の際に、汚い字で殴り書き された張り紙が目に入った。

【清掃中 他の車両へ回れコラ!】

「あ、なんかすいてると思ったら……」
「ケケケ、どうか したか糞副主務」

呆れて張り紙を見つめていると、後ろから蛭魔に声をかけられた。


「今日の対戦相手って強いんですか?」

ドアが閉まり発車すると、瀬那は栗田に向かって尋ねた。

「いや、かなり弱小のはず…。もしかしたら勝っちゃうかもね、デビ ルバッツ初勝利!!」
「勝っちゃうかもじゃねェ、勝つんだよ」

答えるついでに栗田が嬉しそうに意気込むと、蛭魔は頭の後 ろで手を組みながら言った。

「ん?泥門うちっ て弱小なんすか?」
「今までは、な。でも今年は弱小チームでいるつもりなんざねェよ」

蛭魔はチッと舌打ちしてから、に向かって唸るように答えた。

「今年は仲間も増えたもんね!あ、セナ君。トーナメント表ある?東京大会の」
「あ、はい」

栗田に向かって頷くなり、瀬那は金網の荷物置きからカバンを引っ張り出してきた。そこから一枚の紙を取り出して、栗田の前でバッと広げる。

「わー、今年ちょっとチーム増えたね!」

栗田が嬉しそうに言うので気になって覗き込んでみると、トーナメント表には色んな チームの名前がズラリと書き並べられていた。

王城ホワイトナイツ、恋ヶ浜キューピッド、泥門デビルバッツ…。どこも独特なネーミング ばっかりだ。

(泥門デビルバッツがうちか…ん?王城ホワイトナイツって確か――)

見覚えのある字だ。は僅かに眉をひそめ、『王城ホワイトナイツ』の単語をじっと凝視した。


「いくつ勝てば関東大会だろ?遠いな〜」

瀬那がトーナメント表上のチーム数を数えながら呟く。 しかし途中で、自分の手へ紙を伝ってくる違和感に気付き、「ん?」と声を上げて視線を落とした。

トーナメント表が、燃えている。

メラメラと。



ひいいいいいッ!!?



瀬那は慌ててパッと表を放し、悲鳴を上げて椅子の 上で飛び上がった。一方、表をライターであぶっているのは蛭魔妖一。少しばかり不機嫌なご様子だ。

「余計なこと考えてんじゃねーよ! 今日の試合勝つ!――今はそれだけだ」
「ポ…ポジティブ・ネガティブ・シンキング通り越して、究極の向こう見ずだなー」

は少々呆れ気味に言ったが、誰もその言葉を聞いてはいなかった。

「ひーん、今日のとこしか見えなくなっちゃった」

やっとこさ火が消え、黒いすすだらけのトーナメント表。すっかり小さくなったそれを瀬那から乱暴に取り上げて、蛭魔は「いいんだよ、それで!」 と牙をむく。



「一回戦の相手は…恋ヶ浜キューピッド!



……アメフトって男の競技でしょ? 恋ヶ浜キューピッドだなんて気持ち悪いネーミング!
そう思ったのは、たぶんだけだと思う。



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