試合前に聞くと勇気付けられる曲って何だろ?なんかそんなのがあったら、今の小早川の前で歌ってやりたいくらい。ていうかあんたは主務な ワケで、試合しないでしょ。なに怖がってるの!





vs KOIGAHAMA CUPID




「部長、部長。喉が渇きました」

袖をくいくいっと引っ張って自動販売機を指差すと、蛭魔は「はぁ?」と思い切り顔をゆがめた。

「自分で買え」
「お金持ってへんもん。部長が『荷物は一切いらない』とか言うから」
「貴重品くらい言われなくても持っとけ! ガキかお前は!!」

蛭魔は鋭い牙をむいてに向かって怒鳴りつけた。その迫力といったら、鬼だって恐ろしくて泣き出すだろう。 しかしとて普通の女の子ではない。

「ガキじゃないですもーん。いーから早く買って下さいよ」
「テメェ…ケンカ売ってんのか…?」
「いえ別に。あ、でも買いたいんでしたら120円でお願いします――ホラ、ちょうど缶ジュースが買えるんで」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

他部員も、助っ人も、その場にいた全員が悟った。

怒っている。が蛭魔を怒らせている。

「わーわーわー!ジュース くらい僕が買ってあげるから!ヒル魔も落ち着いて!!」
「きゃっほー!ありがとございます栗田先輩!」

財布片手に仲裁に入った 栗田。は両手を挙げて飛び跳ねてから、ギュッと巨大な腹に抱きついた。

「月曜日お金返しますね!」
「うん。何がいい?」
「お茶でいいっすよ!『伊右衛門』!!」

120円とボタン一つで事件は一件落着。

さんには絶対入部して欲しくないな…)

毎日が戦争になっちゃう、と瀬那はビクビク怯えながら滲んだ冷や汗をこすり取った。




+++




自動販売機を通り過ぎ、天界グラウンドへ到着。眩しい昼の日差しの中、グラウンドでは試合が引き続き行われていた。
コートの外では既に 恋ヶ浜チームが待機している。

「わあ…」
「もう前の試合終わるころだな」

蛭魔はグラウンドを一瞥してからそう言った。

「よーし、主務デビュー戦!敵チームを分析…つってもよくわかんないから、ともかく撮影だけがんばろ!」

瀬那はビデオカメラ を取り上げてウキウキと意気込んだ。

「ん、わかんないことあったら、あたしが手伝うよ。まー相手は弱小だし、撮影だけすりゃいんじゃ ね?」
「そ、そうなの?」

が横から口を出すと、瀬那はビクビクしながら聞き返してきた。怖がられてるのが誰の目にも明らか。 は苦笑し、瀬那の腕からバインダーとペンをそっと受け取った。

「書類系はあたしがなんとかするからさ。ルール分かる?」
「うーん、あんまり…」
「…ま、今日のところは別にわかんなくてもいっか。あ、試合終わったみたいだぞ」

フィールドに目を戻し、 声を上げる。ちょうど前の試合終了のホイッスルが鳴り響いた所だった。不意に響いたその音に、瀬那は何か思い出したようにハッとした。

「あっそうだ、シューズ配らなきゃ――」
「んー?じゃあビデオ持ってるよ。さっさと配って来な」

は右手で瀬那の手 からビデオカメラをもぎ取り、ひらひらと手を振ってあっちへ行くよう促した。瀬那は「う、うんありがとう」と戸惑い気味にモゴモゴお礼を 言って、ぴょこぴょことダンボールの山へ駆けて行く。

「おい糞副主務」

ゴツ、と後頭部に何か硬い感触が。の首はその重 みで軽く前に傾いた。(出た出た、蛭魔だ)は小さな声で、けれど思い切り苛立ちをこめた太い声で、背後の蛭魔に向かって悪態をついた。

………糞悪魔
 殺 す ぞ 
「え?何が」

ジャキ、と銃を構えなおす蛭魔の方 を振り向きながら、はしらっと言葉を返した。

「ん?何だお前、ビデオやんのか?」

ふとの手にあるビデオカメラに 気付いたらしく、蛭魔が聞いた。

「え?あ、これ小早川の――ってか何か仕事押し付ける気ですか?」
「ぐけけけけ、仕事ならたー くさんあるぞ〜!暇で暇で仕方ないチャンのためにな!」



頼 ん で ね ェ ー ! !



「――というのはウソで、お前は試合中の写真撮っとけ」

ウソかよ。がそうつっこむ間も与えず、蛭魔はカメラを 強引に押し付けてさっさと立ち去ってしまった。なんだかズッシリ重いカメラだ。型が古いのだろうか。

さん!ビデオ――」

と、そこで瀬那が駆け戻ってきて、の右手に引っかかっていたビデオカメラを奪回。なんか忙しい部だな。

「怖え〜。ケガしそ うだな」
「はやく終わらして帰りて〜」

そして助っ人達の心はバラバラって感じだ。瀬那は彼らをじっと見つめながら、ちょっぴり ガッカリしたような表情を浮かべている。

「まぁ、急造チームだからしょーがないんじゃねェの?」
「う、うん、そうだね……」

がヘタに慰めると、瀬那は残念そうに頷いた。


「あ、もうむこうも来てるや」


手袋をはめながら、栗田が声を あげた。コートの向こう側には花が咲き乱れんばかりのピンク色のオーラが漂っていて、恋ヶ浜キューピッドの連中が、細身の可愛らしい女の子 たちといちゃいちゃしている。

助っ人たちの顎が、ショックでガクンと下がった。


「恋ヶ浜キューピッド、創部三年目。 メンバー全員彼女持ちで、必ず試合につれてくるんで有名らしいな」


蛭魔が淡々と読み上げた情報が、さらに彼らに追い討ちをかけ た。


 絶 っ て ー 倒 す ! ! む し ろ 殺 す ! ! 
「頑張りましょう、栗田先輩!!」

ズゴゴ、と溜まりに溜まった怒りがついに噴火し、助っ人一同は意気込みを通り越して殺気を放出し始めた。

「ま、まとまった! チームの心まとまった!!」
「泥門デビルバッツ、創部二年目。助っ人は全員彼女ナシでそこに触れられると噴火する、っと」

はカタカタとパソコンに打ち込みながら、新たに入手した脅迫情報を音読した。


「でもホラ、うちだってチアガ来るんだろ?」


助っ人の一人が声を上げると、他のメンバーも思い出したらしくパチンと目を見開いた。しかし、それと同時にコチンと固まったのは 主務の二人。

「そうだ、チア!」
「おっせー!ちゃんと手配してんの、主務!?」


(( え え  え え え 、 聞 い て な ー ッ ! ! ))


そんな真実味のないウソ信じないでよ。セナは焦り、そし ては面倒くさそうに顔をしかめた。なかなか答えない主務二人と、の表情の変わりよう。助っ人たちは即座に察した。

「来てねーのかよ!」
「主務ちゃんとしろー!!」

ギャーギャー叫びだした助っ人たち。なんだよー我慢してよ、チアくらい。 面倒くさそうに溜め息を吐くの傍らで、瀬那は悲鳴を上げて逃げ出してしまった。



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