確かアメフトって攻守ハッキリ分かれてたはず。ってことは今キューピッドの攻撃なわけか。で、あそこの77番ラインマンはスゴイな…ああ、 栗田先輩か。





Rush




ボールが初條の手に渡ったと同時に、ライン同士が地響きを立ててぶつかり合った。うわー、キツそうだなぁ、女でよかった、とはカメラを 連写しながら溜め息を一つ。

「止めろ、来させんな!とにかくそのデブ止めろ!」

初條はそう怒鳴るものの、キューピッドライン は栗田を押さえつけることができなかったらしい。壁を破り、大きな栗がドスドスと初條の元へ。

「おー、サックだ!スゲェー!」

栗田がボールを投げる前に初條を潰したのを見て、は感嘆の声を上げた。

さん…なんで今日助っ人なんかに来てくれたの?」

ビデオをまわしたまま、そういえばと瀬那が話しかけてきた。

「んー、ヒル魔と面倒起こすのヤだったから。それに、実はあたしの兄貴がどこぞの アメフト部なんだ」
「えぇ!?そうなの!?ていうか家族とかいるんだ…」
「アホか。そりゃいるだろ家族くらい」

はゴス、と カメラで瀬那の頭を叩いた。重いカメラの威力か、瀬那は涙目になってる。

「選手じゃなくて主務だけど。小さいころからアメフトだい すきでね、だけどあいつヘタレだったから…」
「……?」
「うおー、また栗田先輩だ!また潰したっ!すんげー突撃!」

は 突然カメラに手を伸ばすと、また興奮しながらパシャパシャと試合風景を写真に収め始めた。

(そうか、お兄さんがいたんだ…)

そうだよね、蛭魔さんだってさんだって家族くらいいるよね。瀬那はちょっぴり苦笑しながら、またビデオカメラをフィールドに向けた。

まだ試合開始からほとんど経っていないが、先ほどの栗田たちの簡単な説明のおかげで、ちょっとだけルールも把握できてきた。
まず攻撃側の真ん中の人が、股下からボールを後ろにヒョイ。その瞬間突然ゲームスタート。あとはパスするなり、走らせるなり、蹴る なり――。

(それでなんとか前にボールを進めていけばいいわけか…あ〜、でもまだそんくらいだな、わかるの)

まもり姉ちゃん だったら、もうルールとか完璧に把握できちゃうのかなぁ――瀬那が溜め息をついたのとちょうど同時に、が大きな溜め息を吐き出した。

「はぁー。今の所両チーム得点ナシか…チンタラした試合だな。つまんないの、来なきゃ良かった」

試合前とは打って変わって、 退屈そうだった。なんだかそれを見ていると自分が呼び出したわけでもないのに、段々と罪悪感が募ってきた。そうだ、彼女を連れてきたのは 蛭魔だ。かなり無理言われたに違いない。

「あの、そういえば、さん突然来てくれたけど…他に予定とかなかったの?」

恐る恐る聞いてみると、は「別に」と冷めた声で返してきた。

「楽しく過ごせるような予定もないし、遊びに誘ってくれるような人間 もいないから」

そう言いながら、はまたカメラで顔を隠してしまった。さっきからずっと撮りっぱなしだけど、フィルムなくなったりしないのかな?

(友達…いないのかな、)

ふと気になったけど、本人に聞くわけにも行かない。でも、そうだよね。いつも一人で雑誌読んでる ところしか見たことないもん。

(よく考えたら、ヒル魔さんにも友達いるんだよね…栗田さんとか)

だけど、僕にも友達 いないや。なんだか似てるなぁ――そりゃ、僕はパシリで彼女はパシらせる側だけど…。

でも、時折、すごく寂しそうな表情見せるのが、 すごく気になる。



「あの…」



気付けば、声を上げていた。

「あの、良かったら――僕たち、」

フィールドの方から、ホイッスルが鳴っているのが聞こえる。足音が数人分、こっちに向かってきているような気がする。でも、不思議とあまり 頭の中に入ってこなかった。

「…なに?」
「あの、良かったら、僕と――その…と、と………」

友達にならない?たった その数文字も言い切れず、タイムリミットがやってきた。



「何イチャイチャしてやがんだ、糞チビ主務コンビ!
長いな



突然現れた蛭魔の悪態に、が間髪いれずにツッコミをかます。

「そ、そんなところにつっこまな くても…」

汗をタオルで拭きながら、栗田が苦笑する。なんかいつの間にか前半終了していたらしい。がスポーツドリンクにストロ ーを差して二人に手渡している。

「ちゃんと写真撮ってんだろうなぁ」
「当ったり前でしょー。つーか部長、このカメラ重いっス」
「おう、中古品だからな」

テンポのいい会話をしている二人は、何故か試合前より平穏な雰囲気をかもし出していた。

「なんかヒル魔さんが普通の先輩に見える…」
「二人とも同じくらい荒いからね、ちょうどいい具合に中和してるんじゃないかな?」

瀬那の呟きが耳に入ってきたらしく、栗田が言葉を返してくれた。


「クッソ…早く帰りやがれ!」

と、そこで突然蛭魔が唸る。 その視線の先にたっていたのはで、はかなりカチンと来たらしく、カメラを持ったまま表情をゆがめた。

「は?」
「テメー じゃねーよ。ほら、見えんだろアレ」

蛭魔は面倒くさそうに首を振ってから、長い指での背後を指差した。一体誰だろう、と思って みんなが振り返ると、そこにはいつの間にか金髪と黒髪のコンビがカメラを持って陣取っていた。桜庭春人だ!

「あぁ!桜庭くんだぁ!!」と、は 興奮気味に声を上げる。
「桜庭ァ?あんなんどうでもいいんだよ、隣だ隣!」

蛭魔はの髪の毛をむんずと掴んで、ムリヤリ顔の向 きをその隣にずらした。痛そうなくらい引っ張られているのに、は全然痛がらない。意外に図太いのかな…?


「ホワイトナイツの 進清十郎、高校最速にして最強のラインバッカー。ヤツは強すぎる人間じゃねェ」


ジャリプロ所属で有名な桜庭春人の隣には、 いかにも無口そうな男がしかめっ面で立っていた。背は蛭魔より少しだけ小さいくらい。でも、結構な筋肉太りしている。

「――『人間 じゃねェ』って、ヒル魔にだけは言われたくないよなぁ…」

のしみじみとした言葉が、その場の空気をピシリと凍らせた。


「何だと?」
「――『人間じゃねェ』って、ヒル魔にだけは言われたくないよなぁ…」
「繰り返すな!」
「『何だと』っておっし ゃるから繰り返したまでですもーん」
「殺すぞ」
「殺し返すぞ」
「殺し返され返すぞ」
「ぁややこしい!


最後の最後で、がご尤もな言葉をつっこんだ。その傍ら、「実はノリ似てるって」と、石丸が地味な位置でボソッと呟いていたのが聞こえた。

「とにかく!奴にだけは隠し玉見せたくねーんだよ。対策練られちまうからな…進が帰ったらすぐ出すぞ」
「な…なんかとても勝手な 計画が聞こえるんですが…」

瀬那の哀しき言葉も、やはりにしか届かなかった。



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