ホグワーツでの記念すべき最初のクラスは、ビンズ先生の『魔法史』だった。ビンズ先生はホグワーツ教員の中で唯一のゴーストで、噂によれば、昔教員室の暖炉の前で居眠りをしてしまい、起きて授業に行く時に生身の体を肘掛け椅子に置いてきてしまったらしい。ビンズ先生は黒板を通り抜けるという目の覚めるような演出で登場して見せたが、ひとたび授業が始まると、生徒たちはみんな睡魔と激闘を繰り広げる羽目になった。蚊の鳴くような声で教科書を読み上げるだけの単調さは恐ろしく手強く、生徒たちはなす術もなく次々に脱落し、気付けばほとんどが机に突っ伏して眠りこけていた。
「——この四年間に、およそ2500万人のマグルが亡くなったと見積もられています…でも面白いのは、『黒死病』がなぜヨーロッパで発生したかということであり…原因は、初期の最近戦争とも言われております…」
 バフィーの隣はふわふわの栗毛の女の子だった。波打つように遠くなったり鮮明になったりする意識の中で、バフィーは決して寝まいと必死に瞼を支えていたが、唯一その子だけはハッキリ意識を保っていた。
「六十三ページの地図を見れば、この伝染病がどういう経路でローマ、さらにはその北に広がったかが分かるでしょう…」
 ビンズ先生が初めて生徒達に指示を出した。途端にクラス中が鎌首をもたげ、机の端に積み上げた参考書の山から教科書を抜き取ってめくり始めた。そのタイミングでバッチリ目を覚ましてしまったバフィーは、手持無沙汰でキョロキョロと周囲を見回した。転入してきたばかりで、まだこの学校の教科書が届いていない。
「どうぞ」
 隣の女の子がサッと教科書を差し出した。にっこり微笑んだ口元から、ちょっと大きな前歯が覘いた。
「あぁ、どうも」
 バフィーはにっこりお礼をいい、女の子と一緒に見開きの地図を覗き込んだ。

 そこからまた二言三言進んだところで、終業を告げるチャイムが目覚ましのように鳴り響いた。生徒たちは魔法が解けたように目覚め、手早く荷物をしまって一斉に席を立ち上がった。バフィーに教科書を見せてくれた女の子もまた、てきぱきと鞄に荷物を詰め込み始めた。
「ハーイ。ハーマイオニーよ」
 女の子が右手を差し出して握手を求めて来た。なかなか印象のいい子だ。バフィーは笑顔でそれに応じた。
「あたしバフィー」
「ハーイ。もし教科書がないなら、図書室に行けば多分貸し出してくれるわ」
「本当?よかった!図書室ってどこ?」
 バフィーが気軽に訪ねたところで、ハーマイオニーは突然押し黙った。ひょっとして図書室の場所を知らないのだろうかと疑ったが、彼女の視線はどうやらバフィーを追い越したあたりで凍りついている。
あたしが、連れてってあげる」
 振り向くと、ピンと姿勢のいいブルネットの美女がいた。背はスラリと高く、踵の高い靴がよく似合う。満面に咲く笑顔がどこか勝ち気に感じられた。
「コ、コーディリア…ハーイ」ハーマイオニーの顔は引きつっていた。
「あら、ハーミー。今日も素敵ね」
 コーディリアは簡単な挨拶だけ済ませ、バフィーに先立ち教室を出て行った。バフィーはハーマイオニーに笑顔を残し、急いでコーディリアの後を追いかけた。その際、コーディリアがちらりとハーマイオニーに向かって冷たくせせら笑うのを見たような気がしたが、バフィーが確信をもつ前に、コーディリアは別の話題を振って来た。
「あんた、ロサンゼルスLAのヘムリーから来たんでしょう?」
「ええ」
「L.Aなんて憧れちゃう!だって靴屋がいっぱいあるんだもん」
 コーディリアの言葉に、バフィーは先ほどの違和感などすっかり忘れてぷっと吹き出した。

 二人は一度塔を出て中庭を通り、また別の塔の中へ入った。廊下には昼間の日の光がいっぱいに流れ込み、殺風景な石畳を明るく演出している。コーディリアはあの教授がどうとか、この授業はどうとか、色々な話をしながらバフィーを案内してくれたが、どこを通っても生徒たちの楽しげな笑い声はついて回った。時折すれ違う半透明のゴーストや、通路の脇に立ち並ぶ甲冑を除けば、ヘムリーの風景と何ら変わりない。
「ここもまあまあよ」バフィーに廊下を案内しながら、コーディリアが言った。「あたしやあたしの友達にくっついてればすぐ慣れるわ。本当は『イケてる度チェック』するんだけど、LA出身だから筆記は飛ばして口答だけ」
 コーディリアはここで一つ息を吸い込み、
「真っ赤なマニキュアは?」と出題した。
「あー…」バフィーは緊張気味に解答する。「…ダサい?」
「超ダサい」コーディリアが正解を言った。「トム・クルーズ」
「手紙くれたら死んでもいい!」
 今度は自信満々だ。
「フラペチーノ」
「ありふれてるけど、おいしい」
「ギルデロイ・ロックハート」
「悪夢よ」
「今のは簡単すぎたかしら。合格よ!」
「あぁ、良かった!」バフィーは心の底からホッと笑ってみせた。
 ちょうど廊下の突き当たりに差し掛かった時、コーディリアの目が水飲み場で止まった。白タイツの女の子が腰まで届くほどの長い髪を手で押さえ、蛇口に覆いかぶさるようにして水を飲んでいる。色あざやかな赤毛と深緑のワンピースが恐ろしいほど似合わなかった。
「ウィロー!」
 コーディリアの呼びかけに、ウィローはギョッとしたように顔を上げた。
「素敵なドレスね。スーパーのぶら下がりがすごくよくお似合いよ」
 何?——バフィーは思わず眉をひそめてコーディリアを見た。
「あ、こ、これ、ママが選んでくれたの…」
 ウィローの声は惨めなほどに裏返っていた。
「どうりで男子にモテるはずよねぇ!——そこいい?
 最後の一言はどう聞いてもドスが利いていた。ウィローは水飲み場とコーディリアの顔を交互に見比べたあと、「あぁ!」と声を上げ、そそくさと逃げていった。

 このたった数秒間のやりとりで、バフィーはウィローと呼ばれた子がどんなタイプの子なのかを瞬時に察してしまった。走り去るウィローの後ろ姿を心配そうに見守っていると、コーディリアはその視線を遮るように前へ進み出て、バフィーに正面から向き直った。
「早くとけ込むコツその一は、『負け犬』を知ること。それが一目見て分かるようになれば——」コーディリアはちょっと振り返り、ウィローを一瞥した。「——避けるのも避けやすいでしょう?」
 バフィーはなるほどとばかりに作り笑いを浮かべて頷いてみせた。しかしコーディリアが再び背を向けて歩き出すと、バフィーの目は自然にウィローの後ろ姿へと吸いよせられた。ウィローは扉をくぐって次の廊下に出たところで一度ちらりと振り向いたが、バフィーと目が合うと慌てて顔を背け、急ぎ足で姿をくらましてしまった。




†††




 図書室はそこから二つほど廊下を渡ったところにあった。突き当たりの壁に丸い窓のついた木製の押し扉が嵌め込まれ、上の壁に「図書室」の文字が掲げられている。コーディリアは扉の前で足を止めて、背筋を張ったままくるりとバフィーを振り向いた。爪先から脳天まで、糸でまっすぐ吊り下げられているようだとバフィーは思った。
「ところで、あなた寮はどこ?」
「寮?」
 バフィーは聞き返した。まさか別れ際にそんな話題が出てくるとは思いもよらなかった。
「そうよ。あたしはスリザリン」
「それ、どこ?
「スリザリンよ!ここでまともなクラスはここだけ。ダサい奴もいるけど、まあまあなところよ。なんせ家柄のいい連中が集まってるから。他には、グリフィンドールにレイブンクロー、それから……」
 コーディリアは指を折りながら寮の名前を挙げていったが、途中で言葉に詰まって顔をしかめた。
「……もう一つは名前忘れちゃったけど、まあどこも冴えない負け犬の集まりね」
 バフィーは「あはっ」と渇いた笑いを漏らした。その時、好都合にも予鈴が鳴り響いた。廊下中に響き渡るベルの音に、二人の会話もおひらきとなった。
「ありがと」
「いいえ。それじゃ、飛行訓練の時間にね。前に通ってた学校とかL.A.のこととか聞かせて!」
「オッケー!」
 目をキラキラさせながら手を振って来たコーディリアに、バフィーは愛想笑いで手を振り返した。コーディリアはぴんと姿勢を正したまま、踵を返して廊下を戻っていった。
「あぁ、楽しくなりそう…」
 バフィーは気だるそうに溜め息をつき、木製の観音扉を押し開けた。

 扉の向こうは静かなところだった。人っ子一人おらず、何の音もない。木の板一枚挟んだだけでこうも空気が変わるものなのかと不思議に思えるくらいだ。石造りの教室や廊下と違って、ここには木製のものが多い。すぐ手前のカウンターや、正面に置かれた四角いテーブル、椅子など、ほとんどがあたたかみのあるデザインだ。テーブルの上にはかわいらしいランプがオレンジ色のあかりを灯している。その奥には子供一人分くらいの段差があり、文献のぎっしり詰まった本棚は、その上に所狭しと立ち並んでいる。向かって右側にある短い階段が架け橋の役目を果たしているようだ。
「ハロー?」
 バフィーは奥の方に向かって声をかけてみた。が、誰からの返答もない。
「あー…誰かいないの?」
 やはり何も返ってこない。ひょっとして決まった営業時間があるのだろうか?バフィーは不安に思いながらも、恐る恐る図書室の中へ脚を進めた。
 何となしにカウンターへ目をやると、そこに気になるものを見つけた。一枚の紙切れ。新聞紙の切り抜きのようだ。一つの記事を赤いインクで丸く囲ってある。
少年たちが行方不明
 一体なぜこんな記事が…?バフィーは身を乗り出し、でかでかと掲げられた見出しを覗き込んだ。どうやら記事の事件は『サニーデール』というところで起きているらしい。バフィーの記憶に間違いがなければ、サニーデールとはママが家を買った町の名前だ。それにこの学校の住所もサニーデールだったはずだ。まさか——バフィーの頭の中を、ある一つの予感がよぎった——。
 ——トン。
あっ!
 何者かが肩を叩いた。バフィーは大袈裟に息を呑み、金の巻き毛を振り乱してバッと背後を振り向いた。
「…あぁ!誰かいた!」
 思わず安堵の声が出た。いかにもイギリス人らしい長身の中年男性がニッコリ笑顔を浮かべて立っていた。古くさいメガネとやさしそうな目つきから、どこか田舎っぽさを感じた。片手をツイードの上着のポケットに突っ込んでいる。
「何か用かい?」
「あ…本を探してるの。あの…転校して来たばかりで」
 すると男性はきゅっと眉根を寄せ、「サマーズ君?」と言い当てた。
「…すごい勘。転校生は私だけ?」
「わたしはジャイルズ。図書室司書だ。君のことは聞いてた」
 ジャイルズは早口に名乗ると、いそいそとカウンターの裏へ回り込んだ。聞いてた?——そんなに話題になっているのかといささか疑問に思いながら、バフィーは「へぇ」と軽い相槌を打ち、カウンターに向き直った。
「あ、それで…探してる本なんだけど、二十世紀の——」
「分かってるよ」
 ジャイルズはピンと人差し指を立ててバフィーの注文を遮った。そして自信に満ち溢れた顔で、カウンターの下から一冊の本を取り出し、ドン!とバフィーの前に出してみせた。とても古めかしい、分厚い本だった。黒字の革表紙には、はげかかった黄金の紋章が細々と刻まれている。小口側は金色の塗装を施され、留め具でしっかり固定されている。表紙の真ん中に刻印されたタイトルは、
バンパイア
 バフィーはヒヤーッと凍りついた。
「…探してるのはこれじゃないわ」
「本当に?」
 ジャイルズが疑わしげな声を上げる。バフィーは目が本のタイトルに釘付けになったままそろそろと後退した。
「ホントにホントよ」
 キッパリ言い切ると、ジャイルズは「勘違いか…」と呟き、本をしまおうとカウンターの下に屈んだ。バフィーはその隙をつき、ドアに向かって一目散に駆け出した。
「さっき言いかけてた——」
 司書が再び顔を上げた頃には、バフィーは既に廊下へ飛び出していた。




†††




 昼休みも終わる頃、スリザリン寮の女子生徒たちはクィディッチ競技場の更衣室で服を着替えていた。更衣室の中はすでにスリザリン生でいっぱいだ。アフロディシア・キングズベリーは友達のオーラと空きのロッカーを探しながら、新しく来た生徒についてうわさ話を広げていた。
「今度来た子、なんか変なのよねぇ。『バフィー』なんて妙な名前!」
「アフロディシア」
 着替えを終えたパンジー・パーキンソンが、通りすがりに声をかける。アフロディシアは一瞬だけ彼女を振り向いたが、それどころではないとばかりに申し訳程度の挨拶を返した。「あぁ、ハーイ」
「なんでも噂じゃ、彼女退学になったんだって!」
 アフロディシアが椅子に腰を下ろすと、オーラが物知り顔で情報を提供した。
「それで母親も転職したって」
「ウソー!」アフロディシアはまさかという口ぶりだ。
「ホントよ。大ゲンカしたって!」
「マジで?」
「とにかくブルーから聞いた話じゃ——」
 椅子に荷物を下ろしてロッカーを開いた時、オーラの噂話はつんざくような絶叫に変わった。開けたロッカーから、紫色に青ざめた変死体が彼女に倒れかかってきたのだ!
ぎゃあああぁぁああああああああぁぁぁああぁぁぁぁああぁ!
 ロッカールームは一瞬にして女生徒たちの悲鳴に包まれた。オーラはクィディッチ選手も目を見張るような素早い動きで死体から飛び退き、頭を抱え、声の枯れるまで叫び続けた。




†††




 バフィーの探していた人物はすぐに見つかった。中庭で、花壇の備え付けのベンチにひとりぼっちで腰掛け、のろのろと茶色い紙袋を広げている。大広間で配られている昼食用のサンドウィッチだ。
「あー、ハーイ!ウィローよね?」
 背後から近寄って声をかけると、ウィローは露骨にギョッとした顔で振り返った。
なんで!?」一言目で心の声が出た。「…じゃなくて、ハーイ?あー…私にここどいて欲しい?」
「まず自己紹介。あたしバフィーよ。それで——実はあなたに折り入ってお願いがあるのよ」
 へりくだりを無視して話し続けるバフィーを、ウィローは幻でも見るような目つきで眺めていた。バフィーはベンチの端でぼーっとしているウィローの前を通り過ぎ、隣にすとんと腰掛けた。
「そこどく必要ないから、少し話を聞いてもらえないかしら?」
「でも…コーディリアと付き合ってるんでしょう?」
 ウィローは笑顔を浮かべてさえいたが、あまり喜ばしそうではなかった。
「両方とじゃダメ?」
「公にはね」
 すかさず返ってきたウィローの答えから、バフィーはこの学校におけるコーディリアの人物像も理解してしまった。そこからウィローとの相関図が容易に思い描かれる。つい苦笑が漏れた。
「ねぇ、あたし早くこの学校に慣れたいの。確かにコーディリアは私に——」バフィーは顔をしかめた。「——親切だけど、正直な話、授業についていけるか心配なの。それで、勉強のことはあなたと話すのが一番って聞いて」
 この口説き文句は大成功だった。ウィローの顔に花が咲いた。
「喜んでお手伝いするわ!あ、もし放課後が空いてるなら図書室で会わない?——」
それはダメ!
 反射的に声を荒げてしまった。ウィローの表情がみるみるうちに陰っていく。バフィーは慌てた。
「もっと…静かなとこでなきゃ……じゃなく、あー…静かすぎると落ち着かないの」
 ウィローは納得したようだ。
「それってみんな思ってるみたいね。でも私は好き。すごい本が揃ってるし、新しい司書も素敵だもん」
「——『新しい』?」
 バフィーが抑揚のない声で鸚鵡返しに聞くと、ウィローはうっとりして大きく頷いた。
「ええ、来たばかりよ。彼、博物館の館長だったの。英国博物館かどこか知らないけど、彼ってなんでも知ってるし、それに歴史的に価値のある本を山ほど持ってるの…私って世界一退屈?」
 ウィローが今にも泣き出しそうな顔をした。司書のことを考えていたら、いつの間にか顔が険しくなっていた。バフィーはちょっとだけ笑って、「そんなこと…」とやんわり打ち消した。

「やあ、お二人さん」
 大広間からかっぱらってきたアイスクリームを口に運んだ時、元気一杯の声が花壇を飛び越えてきた。どこかで聞いた覚えのある声だった。
「もしお邪魔だったらごめんよ!」
 顔にも見覚えがある。ザンダーだ。
「ハーイ」
 ザンダーは花壇に腰掛け、下ろした鞄をぽんと放り投げた。それを受け取ったのは、正面に現れた別の男の子。ひょろりと背が高く、黒髪と赤毛の二人組を連れている。バフィーはこちらにも「ハーイ!」と声をかけた。
「バフィー。ジェシーにハリーにロン。と、こっちがザンダーよ」
 バフィーの笑顔が固まった。ザンダーは花壇の上からうろたえたようにバフィーを見下ろした。
「あー……俺とバフィーはずっと昔からの友達だよ。確かに、ある時期疎遠になってたけど…思春期とかのせいで——でも、ホラ!こうしてるとまるっきり昔のまんまさ!」
 ザンダーは無理に微笑みかけてくる。バフィーは口元が緩むのをこらえきれなかった。
「俺?それともお前か?イカレちまったのは」
 ジェシーが笑った。ザンダーは目を泳がせた。「いや違う。お前じゃない」
「とにかく、会えて光栄だわ!——た、多分ね」
 バフィーは嬉しさを笑顔いっぱいに表現してから、苦い表情で本音を付け足した。するとザンダーが花壇から飛び降り、自分の鞄をごそごそと漁り始めた。
「早くうちの学校に慣れてもらいたいからさ——」
 今度はロンが話しかけてきた。燃えるような赤毛にブルーの目をした男の子で、細かいそばかすが顔中に散りばめられている。制服のローブは少し黒みが足りず、裾もほつれており、明らかにおさがりと思われた。このグループの中で一番背が高そうだ。
「——あ、それとももう慣れた?」
「これ返さなきゃ!」
 ようやくザンダーが立ち上がり、バフィーに木の杭を差し出してきた。バフィーは心臓が飛び上がった。一瞬にして、みんなの視線が疑惑のものに変わる。
「君ってミニチュアの柵とか作るのが趣味なの?」
「あ…まさか!!」
 バフィーは慌てて杭をひったくった。
「ほんと言うと、護身用なの。L.A.じゃ常識よ!痴漢用スプレーなんて古いわよ」
 確実に無理のある設定だったが、とりあえず訳があることは納得してくれたようだ。ザンダーはウィローとバフィーの間にどすんと腰を据え、朗らかに話題を変えてくれた。
「普段何やってんの?好きな男のタイプは?」
「もしかして誰かに打ち明けたい暗い秘密とかない?」
 ジェシーがザンダーに続いた。ロンの顔つきも興味津々だ。
「へーぇ。みんな私に興味あるのね——素敵」
 バフィーは呆れ返った。ここの男子はアプローチが露骨すぎる。
「転校生なんてめったにないって聞いたから」
 ハリーが言った。クシャクシャの黒髪の男の子で、恐らくこの中で一番小さい。ジャイルズばりに古めかしい丸メガネをひっかけている。前髪の真ん中あたりが、何かをごまかすように不自然に盛り上がっていた。
「サニーデールみたいに、毎日代わり映えのしない町にとっちゃ君はビッグニュースさ!」
 ザンダーが盛り上げた。大袈裟な言い回しにバフィーは思わず目を丸くした。「そんな!ご冗談?」

「何かトラブル?」
 気取った声が頭上から降り掛かってきた。バフィーとウィローは「ヤバい!」とばかりに目を見交わした。コーディリアお嬢さまのお出ましだ。
「あぁー…いいえ!」
「ちょ、ちょ、ちょっと挨拶してただけよ…」
 ウィローの声が元気よく裏返った。その途端、ジェシーが弾かれたように立ち上がったかと思うと、口元に奇妙な笑みを浮かべてコーディリアに吸い寄せられていった。
「やあ、コーディリア…」
「やめて」
 コーディリアはうんざりしてジェシーを片手で押しやった。
「下層階級と付き合いたいなら邪魔しない。あたしはただ、今日マダム・フーチに会えないって伝えにきたの——ホラ、白髪のコーチよ——なぜって?飛行訓練は中止。だってロッカーの中に死体が入ってたんだもん!」
 バフィーの顔から血の気が引いた。
「え…!?」
「何の話よ!」
 バフィーだけじゃない。ウィローや他のみんなも凍りついていた。「下層階級」呼ばわりされたことに言い返すことも忘れてしまったほどだ。
「だからロッカーに男が入ってたのよ!」コーディリアが面倒臭そうにくり返した。
「死んで!?」バフィーが聞いた。
「完全に死んで」
 コーディリアはキッパリと言い切る。これ以上のビッグニュースはないという様子だった。
「ちょっと死んだんじゃなくて?」
 ザンダーが揚げ足を取った。コーディリアは冷ややかに睨みつけた。「あんたは暇人よねー」
「もし泣きたいなら胸を貸すよ。いつでも言って」
 ジェシーの陳腐な口説き文句は無視された。
「死因は何?」バフィーがさらに食い下がった。
「知らないわよ」
「傷痕なかった!?」
「あたし見てないもん。聞いてもいないし!」
 コーディリアは目に見えてイライラしていた。バフィーはそこでハッと我に返った。みんなの怪訝そうな視線が自分に集中している。少し食いつき過ぎた。
「あ…あぁ…」バフィーは急いで手荷物をかき集めた。「本を借りなきゃ。じゃあまた後で」
 足早に四人の前を通り過ぎ、校舎の中へ向かう。コーディリアはその後ろ姿を訝しげに見送った。
「どうしちゃったの!?」




BACK   TOP   NEXT
加筆修正 2010年10月20日
ジャイルズ登場!
ハリポタ陣も影薄いながら全員出ました。