どのようにしてグリフィンドールのテーブルについたのか、そこでどんな歓迎を受けたのか、まったく思い出すことができなかった。気づくと、レノーラはグリフィンドールのテーブルで例の双子の正面に座り、葬式に参列しているような顔で、じっと『組分けの儀式』の続きを見つめていた。
 『組分け帽子』はレノーラを間違った寮に放り込んだ後も、全く変わらぬ調子で儀式を進行していた。レノーラの後に呼ばれた「ハリス・アレキサンダー」は三十秒もの間帽子を被り、結局レノーラと同じグリフィンドールに決まった。レノーラは、帽子が「グリフィンドール!」と叫んだ瞬間、アレキサンダーが自失したり取り乱したりせず、それどころかガッツポーズを取って喜んでいたのがどうも不可解だった。
 ケンドール・ハーモニーはスリザリンになった。気が強そうな金髪の女の子だ。結果がでた途端、金切り声を上げて飛び跳ねていた。レノーラはハーモニーの脚を蜘蛛が這っていたに違いないと思ったが、しばらくして、彼女はうれしいらしいということが分かった。
「見るからにスリザリンっぽいやつだ。そう思わないか?」
 スリザリンの席へ向かって行く女の子を見て、双子のどちらかが話しかけてきた。レノーラはギョッとした。
「おおっと、ごめん。俺はフレッド。フレッド・ウィーズリー。おたくの『お噂』はかねがね聞いてるよ。よろしくミス・ハーグリーヴス」
 フレッドは快活に笑って握手を求めてきた。しかし、レノーラはとても応じる気になれなかった。だって、なんて白々しいんだろう。ウィーズリー家とハーグリーヴス家の不仲のことは、子どものレノーラだって知っていることだ。なのに、『お噂』だって?——ここまで他意がむきだしになった挨拶は聞いたことがない。
 レノーラがいつまで経っても答えないので、やがてフレッドは困ったようにこめかみを掻いた。
「あれ?ちょっと分かり辛かったかな…僕たちの育ったとこじゃ、これ、握手しないかっていう意味なんだけど」
 すると双子の片割れが盛大に噴き出した。
「フレッド、そりゃお前、その子に嫌われたのさ。手が早い男は信用ならないからって——やあ、レノーラ。俺はジョージ・ウィーズリー。君の二学年上さ。よろしくね」
 同じ三年生でも、セドリックとは何もかもが違うと思った。レノーラはつんとそっぽを向いた。
「どうやら嫌われたのは俺達二人ともだったみたいだ」
 ジョージが肩をすくめた。レノーラは何も言わず、「ロングボトム・ネビル」の組分けに集中するふりをした。
 ネビルは呆れるほど鈍臭かった。椅子に向かう途中で、ローブの裾を踏んづけて転んでしまったのだ。帽子はずいぶん長いこと熟考し続け、一分ほど経ったところでようやく「グリフィンドール!」と叫んだ。ネビルはホッとするあまり帽子をかぶったまま駆け出してしまい、爆笑の中をトボトボ引き返してマックレイ・タラに手渡す羽目になった。後から気づいたが、ネビルは『ホグワーツ特急』の中でヒキガエルを探していた男の子だった。
「マルフォイ・ドラコ!」
 レノーラはドキッとした。こうなったら、マルフォイもスリザリン以外に入れられてしまえ——ところが、組分け帽子はふんぞり返ったマルフォイの頭にふれるかふれないかのうちに「スリザリン!」と叫んだ。レノーラはがっかりした。
「ずるいわ。私もスリザリンに入りたかった……」
 レノーラが鼻をすすると、フレッドだかジョージだかがギョッとした顔で振り向いた。
「おいおい。冗談だろ?スリザリンがよかっただって?」
「当たり前でしょう」
 レノーラがつんとした態度で突っ返すと、双子はきょとんと顔を見合わせ、火がついたように大爆笑した。その笑い声があまりに大きかったので、近くに座っていた生徒たちの目がいっせいにレノーラたちに集中した。
「さすがハーグリーヴス様様だな。俺たちならそんな冗談、思いつきもしなかったよ」
「冗談なんかじゃないわ。それ、どういう意味よ」
 レノーラはむくれた。
「あんなの、高慢ちきのいくところだぜ。もし俺がスリザリンに入れられたら、その場で手首を切ってるね」
「グリフィンドールの方が何千倍もいい寮さ。スリザリンなんかより、ずーっとね」
 ちょうどマクナリー・ジェシーが「グリフィンドール!」になったところで、双子が手を叩きながら言った。
「言ってればいいわ」レノーラはフンと鼻を鳴らした。「威張れるものがないから、負け惜しみしてるんでしょ」
「やっぱり出来のいい良家の子女は言うことが違う」
 レノーラはぎらりと睨みつけた。双子は肩をすくめてさっさと視線を逸らしたが、ちょっとしてから、またレノーラを盗み見ながらヒソヒソ言い出した。なんて感じの悪い!——今さらになって、自分が選んだ席を猛烈に後悔した。いくらショックで朦朧としていたからって、ウィーズリー家の向かいに座ることなどなかったのに。
「言ってればいいわ」
 レノーラは力なくくり返した。
「あなたたちから何と言われたって、私……気にならないもん…」
 フレッドもジョージも既に聞いていなかった。ネビルのヒキガエルにこっそり呪文をかけようとするのに忙しいらしい。なんだか負け惜しみみたいで、レノーラはますますみじめな気持ちになった。
「ミアーズ・ウォーレン」
ハッフルパフ!
 ハッフルパフのテーブルから拍手が起きた。セドリックが立ち上がってウォーレンを歓迎している。
 そうだ、セドリック——レノーラはつと思い出した。あの時、「万が一しくじっても、ハッフルパフならセドリックがいる」なんて甘いことを考えていたから、こんなことになったのかもしれない。もっと気を引き締めて強く念じていなければならなかったんだ。今、目の前に時間を戻す魔法の道具があったら、レノーラはすぐにでも飛びついていただろう。もう一度『組分け』をやり直して、次はちゃんとスリザリンの席で胸を張っていたい。
 ノット・セオドールはスリザリンだった。いいなぁ…レノーラはほうと溜め息を洩らした。セオドールはレノーラから穴があくほど羨望のまなざしを向けられていることにも気づかず、悠然とスリザリンのテーブルへ消えた。
 儀式も中盤に差し掛かってきたところで、ある問題点が浮き彫りになった。『組分けの儀式』はあまりにも順調すぎたのだ。マクゴナガル先生が名前を呼び、生徒が前に出て帽子をかぶる、そして拍手。名前、帽子、拍手、名前、帽子……延々と続く単調な流れに、次第に上級生が飽き始め、あちらこちらで私語が飛び交うようになった。もはや誰も前を見ていない。帽子が叫ぶたびに、申し訳程度の拍手がパラパラと起きるだけだ。
 そんな中でも、まだ組分けの済んでいない一年生は、緊張でガチガチに凍りついていた。双子のパーバティとパドマ・パチル姉妹、パークス・サリー-アン、それから……。
「ポッター・ハリー!」
 その名が読み上げられると、一瞬大広間中が静まり返った。かと思えば、一年生の列からクシャクシャ頭が進み出たとたん、ヒソヒソ声がさざなみのように広がっていった。
「ポッター?今、ポッターって言った?」
あの『ハリー・ポッター』なの?」
 レノーラの近くに座っていたグリフィンドール生たちも、ハリーをよく見ようと、こぞって首を伸ばしていた。ハリーがスツールに腰かけると、マクゴナガル先生が汚れた帽子を頭に乗せた。帽子はハリーの顔をすっぽり隠してしまったが、それでもハリーが極度に緊張している様子は手に取るように分かった。椅子の縁を強く握り締めて、必死に何か呟いている。
 帽子の沈黙は、これまでで一番長いように思えた。大広間中が緊張に息を潜めていたからそう感じただけかもしれない。とにかく、体感的には相当長い間、帽子は布地を捻ったり、しわを縮めたり伸ばしたりして、深く考え込んでいた。やがて、帽子は大きくしわを開き、
グリフィンドール!
 グリフィンドールのテーブルから、爆発的な歓声が上がった。フレッドとジョージ・ウィーズリーは肩を組み、「ポッターを取った!ポッターを取った!」と小躍りしていた。ハリーは心からホッとして力が抜けてしまったようで、フラフラしながらグリフィンドールのテーブルへ歩いてきた。
「ポッターがグリフィンドールだ!同じ寮だ!!」
「ハリーだわ!ハリー・ポッター!本物よ!!
 みんなが顔をくしゃくしゃにして歓喜する中、レノーラだけは拍手する気すら起きず、ずっとしかめっ面をしていた。みんなの歓声が自分に対するあてつけのように感じられた。
 ともあれ、これでまだ組分けが済んでいないのはあと六人だけになった。
「ローゼンバーグ・ウィロー!」
 レノーラは、ハリーの次に名前を呼ばれた女の子がとても哀れだと思った。グリフィンドールの生徒たちはまだ「ハリー・ポッターを取った!」と騒いでいたし、他の寮の生徒たちもグリフィンドールの席でもみくちゃにされているハリーに注目したままだ。長い赤毛の色白のウィローは、誰にも気づかれないまま、こわばった様子で椅子に座り、独りぼっちの組分けを受けた。
グリフィンドール!
 ウィローが誰からも注目されていなかったのは、かえってよかったかもしれない。ウィローは一瞬、確かに嬉しそうに顔をほころばせたが、すぐに自分が人前に出ていることに恐怖心を覚え、逃げるようにスツールから飛び降りた。ハリーへの歓声が鳴り止む頃には、うまくグリフィンドール生の中に紛れ込み、アレキサンダー・ハリスの隣に座っていた。
 「ロサ・テイラー」はグリフィンドール、「ターピン・リサ」はレイブンクローだった。列車で会ったハリーの友達「ウィーズリー・ロナルド」は誰もが思った通り、グリフィンドールになった。
「ロン、よくやったぞ。えらい!」
 ウィーズリー家の上級生が、ロンにもったいぶって声をかけていた。ロンはフレッドとジョージに背中をバンバン叩かれるという、乱暴な祝福を受けていた。レノーラは理解しがたかった。

 最後に「ザビニ・ブレーズ」の「スリザリン!」をもって、『組分けの儀式』は終了した。マクゴナガル先生は巻き紙をクルクルしまい、杖を振って帽子とスツールを片づけた。先生が礼をして一歩下がると、入れ違いになってアルバス・ダンブルドア校長が立ち上がった。ヒョロリと背の高い老人だ。白い髪とひげはあまりにも長いので、ベルトに挟み込んでいる。淡いブルーの目をキラキラ輝かせ、途中で二回折れ曲がった鼻に、半月形のメガネをかけている。
「ホグワーツの新入生諸君、入学おめでとう!」
 ダンブルドアは大きく両腕を広げ、大広間中の生徒に向かってニッコリ笑った。
「歓迎会を始める前に、二言三言、言わせていただきたい。ではいきますぞ、それ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!」
 ダンブルドアはさっさと席に着いた。出席者全員が拍手と歓声を上げた。
「いいぞ!」双子の片方が叫んだ。「さぁ、宴だ……」
 次の瞬間、目の前が御馳走でいっぱいになった。ローストビーフ、ローストチキン、ポークチョップ、ソーセージ、ベーコン、ステーキ、ヨークシャープディングにフレンチフライ……そしてなぜかハッカ入りキャンディもあった。今、急に気づいたが、そういえば、お腹がペコペコだ。レノーラは金の取り皿に、全部の料理をちょっとずつ取っていった。
「それにしても不思議ね」
 ハーマイオニー・グレンジャーが、ローストビーフにヨークシャープディングを添えながら言った。
「これだけの料理を、いったい、どこで誰が作っているのかしら?」
 あの子、きっとマグルだわ——レノーラはヨークシャープディングを取り分けながらやれやれと首を振った。
「や、やぁ」
 テーブルの奥のかぼちゃジュースを取ろうと身を乗り出した時、ネビルが恐る恐る笑いかけてきた。レノーラはかぼちゃジュースのボトルをつかみ、小バエを見るような目つきをネビルに向けた。
「あら。ハーイ」
「列車で会ったよね……その、僕が…ヒキガエルを探してたとき。あ、あの時、僕、ちょっと取り乱しちゃってお礼も言わなかったから……君が、えーと、悪く思ってたら…って思って……ご、ごめんね」
 なんてへたくそな話し方なんだろう。レノーラは返事をするのも面倒臭くなり、「何も聞こえない」という風を装った。ネビルは泣きそうな顔をした。
「放っとけ」双子の一人がネビルの肩をポンポンやった。「あの子、どっかに愛想を忘れてきちまったらしい」
「きっと列車の中だろうな」と、双子のもう片方が口添えした。
「いや、もしかしたら自慢のお屋敷の中かも」
「いっそ『お母上』の腹の中かもな」
 せっかくの御馳走が急に脂っこくなり、おいしくなくなったように感じた。口直しに別のものに手をつけてみたが、スープは水っぽいし、パンは粉っぽく、野菜は萎れていて味が薄い。レノーラはナイフとフォークを置き、テーブルナプキンで口元を拭った。
「あら。もう食べないの?全然食べてないじゃない。こんなにおいしいのに」
 ハーマイオニーが不思議そうに皿を覗き込んだ。レノーラはやっぱり無視を続けた。
 全員が——レノーラ以外が——心ゆくまで食べ終わると、テーブルいっぱいの食べ物は忽然と姿を消し、お皿は洗いたてのようにピカピカになった。そして、今度はデザートが現れた。色々なフレーバーのアイスクリームに、アップルパイ、糖蜜パイ、エクレア、トライフル、ライスプディング、それから、深皿いっぱいにあふれんばかりのフルーツ……女の子たちがいっせいに歓声を上げた。
 不機嫌が治らないレノーラは、「私はこの組分けが不服です」ということをみんなに分からせるため、宴が終わるまでずっと腕組みをしてムッツリしているつもりだったが、輝くようなスイーツの山を見せつけられては、その意志もねじ曲げられずにはいられなかった。レノーラは金の取り皿にチョコレート・アイスクリームと糖蜜パイ、いちごのケーキを取り寄せて食べ始めた。
「僕はハーフなんだ。ママが魔女で、パパはマグル」
 話題は家族の話になった。今はシェーマスが自慢げに話している。
「ママは結婚するまで自分が魔女だって打ち明けなかったんだ。パパはずいぶんドッキリしたみたいだよ」
 不思議なことに、みんな笑っていた。半分『マグル生まれ』だということを暴露しているのに、どうしてみんなこれを笑い話だと思うのだろう。
「ザンダーは?」とロンが振ると、アレキサンダー・ハリスがアイスのスプーンを置いて話し出した。
「俺んところは、全員魔法使いさ——」
 グリフィンドールにも一応『純血』がいるのか、とレノーラは感心した。
「——ただし、家族がどんなかを言うとせっかくの空気がおじゃんになりそうだからここで遠慮しとく」
「わ、私のところは、父方のおばあちゃんがマグルなの…」
 ウィローがザンダーの話題をごまかすように言った。
「だけど、私、うんと長いこと魔女らしき兆候が現れなくて、実はマグルなんじゃないかって、みんな口には出さないけど心配してたみたいだったわ」
「そ、それ、僕のところもそうだよ」とネビルが割り込んだ。「僕の家族もずーっと魔法使いで——(レノーラは心底驚いた。鈍臭いネビルを見て、薄々『マグル生まれだろうな』と思っていたからだ)——僕はばあちゃんに育てられたんだけど、僕、八歳になるまでまったく魔力らしきものがなかったんだ。それで、アルジー大おじさんときたら、僕に不意打ちを食らわせて、無理矢理魔力を引き出そうとしたんだ。ブラックプールの桟橋から突き落としたり、二階の窓からぶら下げたりね。大おばさんが持ってきたメレンゲ菓子に気を取られて、大おじさんが僕をつかむ手を離さなかったら、僕は家族に永遠にマグルだと思い込まれてたよ」
「鳥になって飛んだな」と、ザンダーが茶化した。
「ううん。でも、ボールみたいに膨らんで道路まで弾んでいった」
 一方、ハーマイオニーは監督生のパーシー・ウィーズリーと授業について熱く語っていた。
「ほんとに、早く始まればいいのに。勉強するところがいっぱいあるのよ。私、特に『変身術』に興味があるわ。だって、ほら、何かを別のものに変えるだなんて、とってもおもしろそう。もちろん、すごく難しいって言われているけど……」
「はじめは小さなものから試していくんだよ。マッチを針に変えるとか」
 糖蜜パイの最後の一口を飲み込んでしまうと、レノーラは本格的にすることがなくなった。ほとんどお菓子しか食べていないのに、全然食欲が湧かず、これ以上何かを食べることもできない。仕方なく、レノーラは金の皿にこびりついたクリームの残りをフォークでこすっていた。
「あいつ、暗いよな」
 ここからさほど離れていないすぐそばの席で、ロンがハリーに話しかけているのが聞こえた。なんとなく、自分のことを言っているのだろうとレノーラには分かった。
「しゃべる相手がいないんだよ。さっき、列車でも会ったけど、マルフォイみたいなやつだよな」

 二十分ほどして、ようやくデザートが消えた。ほとんどみんなが残念そうに溜め息をついたが、ダンブルドア先生が立ち上がると、シーンと静かになった。
「エヘン——全員十分に食べ、十分に騒いだことじゃろうから、ここでまた二言、三言」
 ダンブルドアが話し始めたのは都合が良かった。手持ち無沙汰がうまくごまかされるからだ。
「新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。まず、一年生。敷地内にある森には入ってはいけません。これは上級生にも、何人かの生徒たちにも注意しておきます」
 ダンブルドアのキラキラした目が、間違いなく双子のウィーズリーをとらえた。
「管理人のフィルチさんから、授業の合間に廊下で魔法を使わないようにという注意もありました。また、今学期は二週目にクィディッチの予選があります。寮の代表チームに参加したい生徒は、マダム・フーチに連絡してください。チアリーディング・チームの志願者は、各チームのキャプテンに申し出ること。それから、今年から図書室の司書が変わります。ルパート・ジャイルズさんです」
 端から三番目に座っていた中年の魔法使いが立ち上がって会釈した。大きなメガネをかけた田舎風の風貌で、ローブの下にはツイードのスーツを着ていた。
「最後ですが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下を使用してはいけません」
 何人かの生徒が笑った。
「まじめに言ってるんじゃないよね?」ハリーがパーシーに聞いていた。
「いや、まじめだよ」
 パーシーは厳しい表情でダンブルドアを見た。
「でも、おかしいな。いつもは、どこか立入禁止の場所があるときは必ず理由を説明してくれるのに……森には恐ろしい生き物がたくさんいるし、それは誰でも知っている。でも、廊下はどうしてだろう。せめて、僕たち監督生には教えてくれたっていいのにな」
 宴の最後に、ダンブルドアは校歌を歌わせた。ダンブルドアが杖を振ると、金色の輝く文字がリボンのように躍り出し、空中に歌詞を連ねた。自分の好きなメロディーで歌っていいというので、レノーラはアステリアがよく聴いているセレスティナ・ワーベックのメロディに合わせて歌った。

ホグワーツ ホグワーツ
ホグホグ ワツワツ ホグワーツ

どうぞ教えて 僕たちに
老いても 禿げても 青二才でも
頭にゃなんとか詰め込める
おもしろいもの詰め込める
今はからっぽ 空気詰め
死んだハエやら がらくた詰め
教えて 価値のあるものを
教えて 忘れられたもの
ベストをつくせば あとはお任せ
学べよ脳みそ 腐るまで

 歌い終えるのもバラバラだった。双子はとびきり遅い葬送行進曲で歌っていたので、全員が歌い終えたあともまだ歌っていた。ようやく双子の歌が終わると、ダンブルドアは感激に涙ぐみ、熱烈な拍手を送った。
「ああ、音楽とは何にも勝る魔法じゃ」
 この人はとびきりおかしい。レノーラは確信した。
「さあ、諸君。就寝時間じゃ。駆け足!」
 特に誰も急がなかった。グリフィンドール生は監督生のパーシーに続いてぞろぞろと廊下に出た。宴の間、あれだけ長々とおしゃべりしていたのに、みんなまだぺちゃくちゃうるさかった。寮への道は複雑で、覚えるのがたいへんだった。くねくねした廊下と階段ばかり、しかも引き戸の陰とタペストリーの裏の隠しドアを二回も通った。
「いったい、いつまで歩かされるのかしら」
 長い道のりに嫌気が差してきたころ、パーシーが突然立ち止まった。
「ピーブズだ」
 パーシーが苦々しく呟いた。レノーラは我が目を疑った。前方に杖が一束浮いている。こんな不自然なことが起こりえるだろうか?何かの罠に違いない。誰かが待ち伏せしていたか、先回りしたのだ。パーシーが警戒しながら一歩進み出る——すると、とつぜん杖がバラバラと飛びかかってきた。
「ピーブズ、姿を見せろ!」
 パーシーが怒鳴った。風船から空気が抜けたような、無作法な音がした。
「『血みどろ男爵』を呼ぶぞ。いいのか?」
 ポンと軽い音がして、空中に小男が現れた。意地悪そうな暗い目をしていて、大きな口はニターッといやな笑みを浮かべている。
「おおぉぉぉぉぉ!かーわいい一年生ちゃん!なーんて愉快なんだ!」
 ピーブズは耳障りなかん高い笑い声を上げながら、一年生に向かって急降下してきた。
「ピーブズ、さっさと行ってしまえ。さもないと、本気で『男爵』に言いつけるぞ」
 パーシーの言葉に、ピーブズはいきなりピタッと静止した。舌をベーッと出すと、あっさりと姿を消した。ずらかるついでに、ネビルの脳天に杖の束を落とし、そこにあった鎧をガラガラいわせていった。
「今のはポルターガイストのピーブズだ。あいつには気をつけた方がいい。ピーブズをコントロールできるのは『血みどろ男爵』だけなんだ。僕ら監督生の言うことでさえ聞きやしない」

 その廊下のつきあたりに、一枚の肖像画がかけられていた。ピンク色の絹のドレスを着た、ふっくらと太った貴婦人が描かれている。『太った婦人』はぎょろりと目を動かすと、パーシーたちを見下ろして言った。
「合言葉は?」
カプート ドラコニス
 パーシーが唱えると、肖像画はパッと手前に向かって開き、後ろの壁にぽっかり空いた大きな穴が露になった。
「ここが寮への入口だ。見ての通り、ちょっと高いから、がんばって這い上がってくれたまえ」
 パーシーの言う通り、入口の穴は一年生には少し高かった。ネビルときたら、後ろから足を持ち上げてやらなければならなかった。穴をくぐると、レノーラたちは円形の談話室に出た。フカフカしたひじかけ椅子がたくさん置いてあり、暖炉で火の弾ける音が心地よく響いている。
「男子はあっちのドアから、女子はあっちのドアから、それぞれ寝室に向かうように」
 ドアを開くと、延々とらせん階段が続いていた。女の子たちはみんな疲れていて、特に会話を交わすこともなく階段を上った。てっぺん近くまで来て、ようやく一年生の部屋が見えた。ドアには名札がついていた。まず、ハーマイオニー、ラベンダー、パーバティが一緒に部屋に入り、レノーラは、ウィローとテイラーと共にその隣の部屋に入った。もう一つ隣は空き部屋だった。
 円形の部屋に、深紅のビロードのカーテンがかかった、天蓋つきのベッドが五つ並んでいる。奥にはクローゼットとドレッサー、それから姿見もある。
「荷物が届いているわ」
 テイラーがベッドの足元を指差した。レノーラのトランクは出口に一番近いベッドに置いてあった。
「もうクタクタね。明日も早いことだし、早く寝ましょう」
 テイラーは髪を縛っていたリボンをほどきながら言った。言われなくても、レノーラは寝る支度を始めていた。
「ええ、そうしましょう。おやすみ」
 ウィローが言った。テイラーも「おやすみ」と挨拶してきた。レノーラは何も言わず、ビロードのカーテンをシャッと閉めた。
「あら」テイラーの声がした。「私何か気に障るようなこと言っちゃったかしら?」
「多分、違うと思う……きっと疲れてるのよ。私もクタクタだもん」
 ウィローがとりなした。
「おやすみ、レノーラ。いい夢を」
 二人が優しい声で挨拶した。いっそのこと、「感じの悪い子ね」とでも罵ってくれればいいのに。

 最悪な気分だ。あたたかい談話室も、ビロードのカーテンも、愛想のいいルームメイトも、何もかもいらない。ただ「スリザリンに入りたい」、それだけの望みがどうして叶えてもらえないのか。明日から、忌々しい『半純血』たちと共に暮らさなければならないなんて……。今なら、アステリアのホグワーツ批判にも同意できる気がしたが、あまり両親のことを考えたくなかった。
 ——きっとあなたもスリザリンだわ。ママもパパも、それよりずーっと前も、みんなスリザリンだったもの。
 目玉がカァッと熱くなった。その熱がポロリと頬を濡らすまで、さほど時間はかからなかった。レノーラは手の甲で目元を拭ったが、無駄だった。後から後から、どんどん流れ出す。ずっと堪えていた感情が、堤防が決壊してしまったように、ぼろぼろととめどなく溢れ出してくる。
「どうして……スリザリンじゃないの…」
 みんなスリザリンだったのに。私だけ——私だけ、『できそこない』だなんて。



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2011年09月14日
ヒロイン、ヤな奴感溢れていてすいません…。
ようやく一日目終了。
でも期待していた学校生活とはちょっと違います…。
※「〜とフレッドが言った」「ジョージが言った」と書いてないのは、ヒロインが双子を見分けてないからです(笑